立法能力安危機を乗り越えろ。

クロワッサン

2024年04月13日 07:59

2024年 4月12日(金) 晴れのち雨

南のち東の風 少しうねりあり

 いよいよ野球シーズンになって、レッドソックスの吉田がヒットを何本打とうとも、カブスの鈴木が毎試合打点を稼ごうとも、昨年同様スポーツ紙は「大谷」「大谷」の文字の乱れうち。
 
 もっとも、オフシーズン中も結婚やら通訳の超ド級裏切りやらでずっと紙面をにぎわせていたから、もはやスポーツ紙にとっての大谷は、ドジャースが必要とする以上に欠かせない存在になっている。
 
 で、まだ開幕から15試合くらいしか経過していないというのに、何かするたびに「〇〇年ぶりの記録」といったニュースが早くも出てくるようになってきた。
 
 イチローがメジャーで活躍し始めたころから、歴代の記録を塗り替えるたびに使われていたこの「〇〇年ぶり」、近頃は止まることなく突き進む円安の為替相場で使われる機会もやたらと増えてきた。
 
 このところは実に34年ぶりの円安水準なのだという。
 
 90年代初頭も、現在と同じような塩梅だったのだ。
 
 とはいえ当時は、それ以前もっともっと高かったドルが、様々な思惑が絡みながらヒュルヒュルヒュルヒュル…と下降してきてのその数字。
 
 じゃあ国民生活は今と大して変わらなかったのか?
 
 ちなみに当時のガソリン価格は、なんと1リットル80円台から高くても120円台くらい。
 
 現在1000円の壁と言われているラーメンの当時の壁は500円で、500円も出せばけっこうゼータクなラーメンを食べることができたはず。
 
 県内の沖縄そばなら、500円も出せばまず間違いなくお釣りが戻ってきたことだろう。
 
 さらにちなみに、1990年の国民年金保険料は、ひと月あたり8400円(現在は17000円)。
 
 もちろん40歳以上の健康保険にも、介護保険などというさらなるオマケまで上乗せされてはいない。
 
 一方で新入社員の初任給やその他給与体系などは今に比べれば随分低かったろうけれど、たとえ1ドルが153円であろうとも、全体的に見てみれば、物価や税金の負担による暮らしづらさを感じることなどほとんど無かった(※個人の感想です)。
 
 ようするに、円安がすべての原因にされがちな現在の負担感の増大は、円安どうこう以前に、国民生活の負担を一定レベルに保とうという努力がまったくなされていないからにほかならない。
 
 ようするに無策なのだ。
 
 いわば薬師寺保栄と戦った辰吉丈一郎のように、ノーガードスタイルで生き馬の目を抜く国際社会というリングに立っているのだから、ときどき鋭いパンチを打とうとも、そりゃあやられっぱなしのダメージは計り知れない。
 
 まだ変動為替制ではなく1ドル360円という固定相場だったその昔、タクシーの料金はワンメーター180円だったという。
 
 1ドルの半額だから、シャレのきくみなさんは、タクシーのことを「ハンドル(半ドル)」と呼んでいた…
 
 …という話を、子供の頃に母から聞いたような記憶がある(記憶の捏造かもしれない)。
 
 固定相場制だったのは70年代初めまでだから、もちろんのことワタシの記憶に残っているはずがない当時の暮らしながら、おそらく当時はたとえ1ドル360円であっても、人々の暮らしは明るく楽しく前向きで、将来も未来もバラ色に染まっていたことだろう。

 そりゃ大阪万博も楽しかったろうなぁ!(行った事実はあれど記憶なし)
 
 1ドル360円でもバラ色だった1970年にひきかえ、現在このまま円安が突き進み、1ドル200円、250円となっていけば……。
 
 すなわち今にも土砂降りになりそうな暗雲がたれこめている現在の状況は、けっして円安のせいばかりではないということになる。
 
 原因となる「安さ」はむしろ、立法府にいらっしゃる方々の、お安くなってしまったご本業での能力のほうがより深刻なんじゃなかろうか…。
 
 しかもお安くなって限られている能力を、たれこめる暗雲の上でいかに一部の方々がお日様を拝み続けることができるか、ということに傾注しているのだから、暗雲の下がバラ色に染まる日が来ることはまずない。
 
 というわけで、残念ながら地上にバラが咲くことはないけれど… 
 

 …今年もアマリリスの季節を迎えている。
 
 少雨傾向が続いていたおかげか、少々雨が続いてもいつぞやのようなカタツムリ被害は少なめで、存在感のある大きな花を今年も楽しむことができている。
 
 ちなみに↑このアマリリスは、旧我が家から飛んできたタネが勝手に根付いたのだろう、↓こういうところに咲いていたりする
 

 旧チャージ小屋前の路傍。
 
 建物の基礎コンクリートと沿道の砂利混じりの境界付近に根付いているものだ。
 
 以前も紹介したことがあるように、アマリリスは球根で増えるのと同時に、紙のように薄いタネからも増えるので、ときどきこのように思わぬところで花を咲かせることがある。
 
 ここのアマリリスは当初球根がひとつだけだったのだけど、肥料を与えているわけでもなく、特になんのケアをしているわけでもないのに、次々に球根が増えて、今では4~5本の花芽が伸びるようになっている。
 
 このアマリリスは1本の花芽におおむね四輪ほどの花を咲かせるから、4本の花芽が密集していると、超局所的アマリリスワールドになるのだった。
 
 というか、むしろ庭のアマリリスよりも立派に育っている気が…。
 
 円安ならぬ立法能力安にあえぐこれからの日本国民も、このアマリリスのように、ヒトの手による肥料やケアに頼らず、自らの力で強く逞しく生きていくほかない。
 
 それを邪魔するのが立法府ならびに地方行政だったりするのが、なんとも腹立たしいところではある…。
 
 というわけで、自生の植物というわけではないアマリリスながら、花が咲いているのは一年を通じてこの時期だけなので、4月にご来島の際には季節の便りとしてお楽しみください。

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