入間川艶歌。

クロワッサン

2025年03月02日 07:46

2025年 3月1日(土) 晴れ

そよ風 春の陽気

 弥生三月春ラララ。
 
 うららかな春の日差しはどこまでも暖かく、この日などはとうとう最初から上着無しで散歩できたほどだった。 
 
 さてさて、昨日の続き。
 
 所沢から西武池袋線で一路飯能駅を目指した我々の目的は、またしてもただ歩くだけ。
 
 前回の上京時には、飯能駅から入間川の北岸側の旧街道をテケテケ歩き、途中五十嵐酒造に寄って試飲を楽しんだりもしたのだけれど、後日知ったところによると、入間川の南側には自然歩道的なコースが設定されているという。
 
 旧街道伝いに歩いた前回はそれほど川のほとりというわけでもなかったから、今度はその自然歩道コースを利用しつつ、なるべく川沿いを歩いてみることにした。
 
 そこで飯能駅から入間川の南岸に出るべくフツーに歩いて行くと、なんとも立派な橋が現れた。
 

 美杉台通りのこの橋は飯能大橋という名だそうで、川の上でカーブを描くほどに長大な橋ながら、立派過ぎて対岸の橋詰は川のほとりから遥かに離れたところにありそうな気配。
 
 これじゃあ余計な遠回りになりそうだから、いったん元に戻って川沿いに下流側の矢川橋まで行き、そこから対岸に渡ろう…
 
 …と思っていたら、この飯能大橋の付け根のすぐわきから続く小径に、こういう看板が出ていた。
 

 「今日は通行できます」
 
 ってのはどういうこと?
 
 今日の恐怖の社会主義的ニッポン管理主義社会は、ついに橋の行き来にも制限が加えられるようになってしまったのだろうか。
 
 と思ったら…
 

 …補修工事中の橋なのだった。
 
 工事の加減によっては通行できないこともあるようながら、この日は橋の両サイドに信号機を設置する片側交互通行でやりくりしていたのだ。
 
 以前はこの橋だけだったところ、美杉台通りという大きな幹線道路を整備するにあたって、飯能大橋が造られた…ってところなのかな?
 
 この矢久橋のおかげで無事に対岸まで行けたのだけど(あとでわかったことながら、飯能大橋を渡ったとしても、途中に設けられている階段を使えば、川のそばに降りることができるようになっていた)、そこからすぐさま川のほとりを歩けるわけではなかったから、なるべく川から離れないようにして道をたどってみた。
 
 するとほどなくして、土手上の桜並木の小径に。
 

 写真の右側には、おそらく20年前なら一望畑だったであろう場所に今風の家がズラリと並んでおり、春にはどの家からも満開の桜を楽しむことができるのだろう。
 
 あいにくこの季節は頭の中で満開の桜をイメージするしかないけれど、このところ暖かい日が続いているからだろうか、木によっては早くも蕾が膨らみ始めているものもあった。
 

 このまま御沙汰待ちが続くようなら、ひょっとして満開のソメイヨシノすら眺められるんじゃなかろうか。
 
 それはそれでステキかも♪
 
 まだ桜の季節には遠くとも、梅はそこかしこで見ごろを迎えている。
 

 画像ではその香りをお伝えすることは無理ながら、匂いたつ梅の香の記憶を後日少しでもたどれるよう、アップで撮っておこう。
 

 川沿いの小径は入間川に合流する成木川のために中断があるので、成木川に架かっている橋を渡り、対岸に五十嵐酒造がある加治橋の脇から再び土手の小径に出た。
 

 傍らにある石柱は、初代加治橋の親柱なのだそうな。
 
 初代加治橋は20世紀初頭に架けられたそうで、現在の加治橋は2000年に架け替えられたものらしい。
 
 ここに橋があるとないとでは住民の便利度合いは大幅に違ってくるのは想像に難くないところ、初代は増水時に破壊されたこともあるそうだから、もう少し高いところに橋を…という需要もあっての現在の加治橋なのだろう。
 
 ところで、このあたりではちょくちょく目にする↓この看板。
 

 その昔オタマサ実家の近所で初めて目にしたときには、なんと物騒なところだろう…と思ったものだった。
 
 そもそも銃猟といったって、いったい何を撃つんだ…
 
 …と当時は不思議だったのだけど、よくよく考えれば川にはいつもカモがいる。
 
 カモといっても、振り込め詐欺で人非人たちからいともたやすく騙される高齢者のことではなく、鴨のことね。
 

 川の両サイドのどこを見渡しても一望畑だった昔日には、鴨猟師たちがバンバンぶっ放していたのだろうなぁ。
 
 カモたちのほかカワウもいて、先日の石神井池と同じように、陽光を目いっぱい楽しんでいるようだった。
 

 ここまで歩いてきた土手沿いの道には、桜のほかにイチョウゾーンもあって、足元にはおびただしい数の銀杏のタネが転がっており、なかにはまだ果肉が残っているものもあったから、プイ~ン…と銀杏の香りが残ってもいた。
 
 それで思い出したのだけど、所沢で暮らしていた数年の間には、狭山丘陵方面まで歩き、銀杏の実を拾い集めたこともあった。
 
 母が健在だったころは、毎年正月前に屠蘇散や銀杏を送ってくれていたから、我が家のお正月の茶碗蒸しには必ず銀杏が入っていた。
 
 ところがその支援物資が途絶えた今では、その季節の名護以北で銀杏を手に入れることができず、銀杏無しの茶碗蒸しという、画竜点睛を欠くお正月になっていたりする。
 
 それを思えば、星の数ほど転がって朽ち果てている銀杏がなんとももったいない……。
 
 小径はやがて、「真善美の小径」と名づけられているゾーンに突入していた。
 

 一見フツーの下生えに見える左側の緑は、実はすべて彼岸花ことマンジュシャゲ。
 
 ここは彼岸花の一大群生地だそうで、秋の彼岸には見渡すかぎり土手が赤く染まるのだとか。
 
 加治・美杉台まちづくり推進委員会のみなさんと、すぐ近くにある加治中学校の生徒たちが育てているのだそうな。
 
 かなり広範囲に渡る群生地を維持管理するのは大変だろうに、花の時期にこの小径を通るにあたって必要な費用は一切なし、すなわち無料。
 
 傍らにあった説明ボードによれば、真・善・美というのは加治中学校の校訓とのことで、その校訓あっての曼殊沙華であるらしい。
 
 真とか善とか美だなんて、すっかり日本から失われつつあると思っていたけど、未来にはこの学校で育った生徒のみなさんという希望もあることを知ったのだった。
 
 ああ、真っ赤な土手も観てみたいなぁ。
 
 次回の聴取は9月ってことで…。
 
 < ウソです。
 
 真善美の小径を抜けると、そこは元加治八高河原と呼ばれているところになる。
 
 八高とはもちろん、八高線のこと。
 
 ここを八高線の鉄橋が通っているのだ。
 

 ローマ帝国の水道橋もかくやというほどの見事な単線、ご存知のとおり八高線を走る列車の本数はわずかなものでしかない。
 
 さきほど遠目に見えているときに一度列車が通過していったから当分来ないだろうと思いつつも、すぐ近くに立派な四阿があったので休憩ついでに列車を待ってみた。
 
 ひょっとしたら5分もすれば反対向きの列車が来るかも…
 
 …という淡い期待はかなわず、なまじ四阿のために日陰にいると冷えてきたので、鉄橋を渡る列車激写は諦めてその場をあとにした。
 
 するとほどなく、ガタンゴトン…と音を立てて鉄橋を渡る4両編成の列車が。
 
 ああ、あと5分待っていれば…。
 
 そこで待てるか待てないかが、鉄と非鉄の違いである。
 
 そこからほどなく阿須運動公園になるのだけれど、その前に入間川にそそぐ小さな水流があって、脇の茂みから美しくも見事な鳥のさえずりが聴こえてきた。
 
 これまで耳にしたことがないこの美麗な声の持ち主はいったい誰?
 
 藪の中でチョロチョロしている姿は見えるものの、なかなか全身を現してくれないので、少し距離をおいて眺めていると…
 
 出てきた!
 

 イソヒヨドリほどの大きさで、目元の肉ひだがやたらと目立つ鳥さんだった。
 
 クロウタドリの親戚だろうか?
 
 後刻調べてみたところ、これはガビチョウという外来種の鳥さんであることがわかった。
 
 70年代の飼い鳥ブームの際にお隣の大陸国から大量に輸入されたそうで、鳴き声が美しく、なおかつ安価ということもあって、一時は大人気を博したそうな。
 
 ところが熱帯にいる華麗な鳥さんたちもそれなりにお安い価格で手に入れるようになるにつれ、地味なガビチョウ人気はあっという間に凋落してしまったという。
 
 で、大量に在庫を抱えた業者は、やけくそ気味に野に放鳥。
 
 人間の勝手な都合で異国の地に放たれたガビチョウたちは、強くたくましく新天地で羽ばたき、現在では完全に日本で野生化し、いわゆるひとつの特定外来生物に認定されている。
 
 わりと民家の庭木でもさえずることがあるらしく、あろうことか人間たちはその声を「うるさい」とし、騒音をともなうことでも「害鳥」認定されているという。
 
 美麗な声だからこそ飼育ブームが起こり、そのために異国の地で暮らさざるを得なくなったというのに、人間とはなんと勝手な…。
 
 ガビチョウとしては…、
 
 チョ~ン!!
 
 てなところだろう。
 
 その点、群れない、騒がない、たいしたフン害もないモズは、なにしろ大阪府の鳥になっているくらいだから、ガビチョウとは異なる世界を生きているようだ。
 

 入間川の河川敷に広がる阿須運動公園沿いを歩いている頃には、すでに両脚は棒のようになっていた。

 ところどころで休憩を挟むと、休憩後に立ち上がる際には油の切れたモビルスーツのような動きになってしまう…。

 ようやく上橋までたどりついたところで、本格的休憩を。
 
 実は上橋の南橋詰に、オサレーなお店ができているのだ。
 

 その名も「Tea Break .m」。
 
 入間川に面したテラス席がなんともステキで…
 

 …是非ここでコーヒーでも飲んで休憩したい!と、通りかかるたびに切望していたワタシである。
 
 日が高い時間帯は日陰になるのに対し、この時間(午後3時過ぎ)なら暖かな春の陽気が全身を包んでくれる。
 
 そこで川面の水鳥を眺めつつ、コーヒータイム。
 

 …といいつつ、これはオタマサが頼んだカフェラテで(とっても美味しい)、ワタシはというと…
 

 うれし恥ずかし紅茶のパルフェ♪
 
 パルフェってなんね?ってところながら、香り高い紅茶アイスと生クリーム、そして黄桃と紅茶ゼリーが生み出すシンフォニーは、歩き回って疲労困憊リーチの体の隅々にまで行き渡るスーパースイーツ。
 
 ひと口食べたら…
 

 …ラビューがビューッてなもんだ。
 
 テラス席に案内される際、我々の風体があまりにも得体のしれない様だったからだろうけど、どちらから?とお店のおねーさんに尋ねられた。
 
 昔からこういう時に軽くテキトーなウソをつけないワタシは、きっと聞いたら「えーっ!?」っておっしゃると思いますけど…と前置きしつつ、沖縄からです、と正直にお答えした。
 
 するとおねーさんは
 
 「えー!……あ、言っちゃいました(笑)」
 
 オーダーしたメニューを配膳してくださったのはまた別の女性で、すでにウワサを聞きつけておられたらしく、あれやこれやと沖縄話。
 
 実はここから目と鼻の先のところに滞在しているんですけど…となかなか言い出せなくなってきたじゃん。
 
 そしてお会計時には、おそらくは女将さんと思われる女性までわざわざご丁寧にご挨拶してくださって、しかも手土産にと、お店特製のワッフルまで頂戴してしまった。
 

 コロナ禍以降旅行とはすっかりご無沙汰していたから、久しぶりに味わう「沖縄から来ました」待遇がなんとも有難かった。
 
 無人駅元加治からは想像もできないオサレーなお店、Tea Break .m。
 
 我々はこの先足繫く通うわけにはいかないから、お近くにお住いの皆さんは是非我々の代わりにご来店くださいませ。
 
 というわけで、午前は所沢で4キロ弱、午後は飯能から元加治まで6キロ弱、途中後戻りしたり寄り道したり駅構内を歩いたり…を加えれば、全行程10キロの「散歩」になってしまったのだった。
 
 島にいるよりよっぽど健康生活かも…。

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