2024年11月20日
メンテナンスポーズ。
2024年 11月19日(火) 晴れ
北東の風 荒れ模様
冬将軍の前衛部隊は、前線でチャチャッと小競り合いをしたあとすぐさまいったん撤収する…
…という予報だったから、この日フツーに連絡船は運航するだろうとタカをくくっていた。
ところが予想に反して前衛部隊は粘り腰で、今朝になってもしつこく強い風を吹かせ続けているではないか。
前日に比べればそれほどでもないとはいえ、これじゃあ連絡船は…
…案の定太郎。
今日もまた、あえなく全便欠航でござんす。
本島に出てやることはあっても、島では特にこれといってやることもないという場合、この程度で欠航となると調子が狂う(オタマサは朝から庭でゴソゴソ、家でゴソゴソ、やることが目白押し)。
なにがどうと時間的に切羽詰まったものは何一つなくとも、たとえば今月は2週間弱あるから、その間に秘密基地であれとこれとそれを終わらせられるかな…という腹づもりでいても、1日動いて2日間欠航、1日動いて3日間欠航となってしまうと、2週間弱あっても、ただ日にちだけが無為に過ぎてしまう。
となれば、欠航が続きそうなら秘密基地に居続ければいいわけなんだけど、それはそれで、島に居ないとできないあれやこれやそれやに手をつけられない。
うーむ…この二重生活もそろそろ考え直さねば。
とりあえずこの日は、前日同様お天気自体はよかったから、このところのマイブームになっている裏浜チェックに行ってきた。
すると、アオサギが4羽に…
…なっていなくて3羽のままだったけれど、そのかわり新顔が登場していた。
かなり遠いところにいるのを無理矢理ズームで拡大しているから見づらいけれど、アオサギやダイサギのそばで「2」の字の首から先だけ出している鳥さんたち。
そう、ウミウだ。
サギと違って彼らはこのようにスイスイ泳ぎ、潜って海中の獲物をとるから、遠目であってもすぐにサギたちと異なる鳥であることがわかる。
近年は毎冬のように渡ってくるようになっているウミウ、これまでは防波堤の上で日向ぼっこをしている様子が恒例になっていたんだけど、あいにく防波堤の撤去工事が始まるとなれば、彼らもおちおちくつろいではいられないことだろう。
サギ類と違い、海中を潜って食事を摂るウミウたちは、羽を休めるに際して大事な作業がある。
翼の乾燥だ。
濡れたままでは飛行に支障をもたらすから、陸上にいる間は濡れた翼をちゃんと天日干しにする。
その際のポーズがなかなか面白いのだ。
潮が引いた午後遅めの時間帯に再び訪れてみると、ウミウがさっそくそのポーズを披露してくれていた。
まるで置物のように翼を微妙に広げたポーズのまま、日に当てて風を通して天日干し。
もちろん羽繕いにも余念がない。
ヒマさえあればこうして翼や羽のお手入れをしているからこそ、スイスイ泳いで潜って獲って…がお手の物になるのだろう。
ナニゴトであれ、ポテンシャル100パーセント発揮のためには、普段の不断なメンテナンスが欠かせないのである。
フェリーの舵が脱落したり、発電所がおかしくなったり、鉄道が止まったりする今のニッポンって、それが随所できなくなってきているような気が…。
ところで、潮が引いている時間帯なので、このウミウが羽繕いのため銅像状態になっているすぐ近くは、もう干潟になっている。
慧眼なる皆様におかれては、小さな画像にもかかわらずすでにこの時点で干潟上の生き物にお気づきのことだろう。
そう、潮が引くと現れる干潟を観てみると…
…シオマネキだらけ!!
おそらくルリマダラシオマネキと思われるカニさんたちが、おそるべき密度でウジャウジャしていた。
干潟を沖まで歩いてしばらくジッとしてれば、いったん巣穴に逃げたシオマネキたちがそこかしこからモゾ…モゾ…と出てきて、やがてたくさん干潟上に姿を表してくれるとはいえ、この密度では最近お目にかかったことがない。
岸に最も近いところに分布していたベニシオマネキは激減してしまったけれど、ルリマダラシオマネキはこんなにたくさん外に出ているのだなぁ…。
干潟をウロウロしているダイサギたちにとっても、このテのカニさんたちは格好の獲物のはずだから、干潟を見つめる視線はアツい(右の子)。
ことほどさように、カニにとってもサギにとってもそれ以外の多くの生き物にとっても干潟は大事な暮らしの場で、実に多様性に富んだ環境なのだけど、ヒトによっては潮が引いている状態をひと目見るなり、
「泥だらけ…」
で終わって引き返してしまうことになる。
そりゃもちろんせっかく離島まで海水浴に来て泥場で遊んでいる場合じゃないのだから、それはそれでなんのモンダイもないけれど、こういう環境をいともたやすく埋め立ててしまうヒトたちの多くは、多様な生き物の姿は目に入らず、泥しか見えない価値観の持ち主である…というあたりが、きっと滅びの笛の要因のひとつなのだろう。
さてさて、この干潟探訪のほか、今のところ単身で秘密基地にいるとできない作業のひとつに取り掛かり、欠航に伴う無聊を慰めることにした。
その結果が↓こちら。
相も変わらず同じ仕様ながら、Masae工房くらげ玉ネックレスの新作でございます。
あ、もちろん作品を作っているのはオタマサであって、ワタシはその写真を撮って販売サイトを更新してショッピングカートに商品を登録して…といったところの係ですけどね。
そもそも拙日記は当店ウェブサイトのオマケコーナーという位置づけだから、本来ならもっと自社製品の宣伝を四六時中していていいいはずなのに、このようにたまに思い出したように登場するだけ。
ビールが美味いのサギがどうしたのカニがああしたのといったことを書いている場合じゃないんだろうけどなぁ…。
それはひとえに、自サイトでありながら宣伝効果がまったく無いからこそなんだけど、それでもあえて言おう…
新作ネックレス、絶賛発売中です♪
※ご覧になりたいという奇特な方は、画像をクリック(タップ)してくださいね。
2024年11月19日
魚が食べたい!
2024年 11月18日(月) 晴れ
北東の風 時化模様
先日の先遣部隊に続き、冬将軍の前衛部隊が今季初登場、予報どおり強風が吹き続く海上は朝から時化ていて、連絡船はもちろん全便欠航となった。
もっとも、風は強くともお天気はいいので、早朝こそ肌寒かったものの、ひとたび日が昇ればTシャツ短パンで過ごしていられる。
暖かいから散歩もして、海の様子を眺めてみた。
おお、冬将軍前衛部隊、張り切っとる張り切っとる。
ついでに本島側も見てみる。
水納島から眺めるお馴染みの景色ではあるけれど、以前と少々変わっていることにお気づきだろうか。
そう、先日お伝えしたように、琉宮城蝶々園が消え失せていて、その跡地に計画されているホテルの工事が始まっているのだ。
その部分を拡大。
赤線の範囲で大々的に工事がおこなわれていて、切り拓かれた部分の地肌が剝き出しになっている。
それを先ほどの画像で見ると…
…この範囲になる。
地上14階、地下3階という建物は、海側から見れば17階建てになるわけで、高さにするとだいたい赤線のトップくらいになるんじゃなかろうか。
この敷地の横幅一杯建物になるのかどうかは知らないけれど、まぁ景観的に備瀬の入口にあるオリオンホテル同様、屏風のように立ちはだかる建造物になるのだろう。
本部町がもっともらしく制定している景観条例とは、次々に建てられるホテルからの眺めを対象にしているのである。
というか、それだとこの屏風によって海の眺めを閉ざされてしまう、青い矢印の先のコンドミニアムタイプのホテルの立場は…。
こういう計画にあっさり許可を出すヤクニンのフトコロには、いったいどれほど入ってくるものなのだろうか。
いずれにせよ、琉宮城蝶々園の建物も「景観」という意味ではたいがい邪魔ではあったにせよ、敷地内に自生している植物群を活かした施設ではあった。
このホテルの工事ではそれらの自生植物も薙ぎ倒して切り拓いているんだけど、右側に見えるマハイなホテルの前、すなわちホテル建設のために自生植物群が切り拓かれている広大なエリアの隣にあるのは…
海洋博公園熱帯・亜熱帯都市緑化植物園
…であったりするところが、なにげにブラックジョーク。
ま、美ら島と謳いながら山を切り拓き、美ら海と称えながら海を埋め立て続けるオキナワらしいといえばらしい。
時化の向こうの遠い景色を眺めていてもウンザリすることばかりなので、もう少し近いところに目を転じよう。
今日もまたガメ公のエサ採りに歩いていたところ、旧チャージ小屋の向かいの草地から、突如飛び立った1羽の巨鳥。
アオサギだ。
距離にして5メートルほどの近さだったというのに、まさかそんなところにいるとは思ってもいなかったから、お互いビックリしただけで終わってしまった。
でも裏浜のほうに飛んでいったから、ひょっとするとそのあたりに姿が見えるかも。
さっそく裏浜入り口まで行ってみると、昨日と同じようなところに姿が見えた。
それも3羽も!
1羽を見た翌日には2羽、3日目で3羽に。
ちょっとばかしホームランを量産すると、すぐさま「年間70本ペース!」などと書きたてる近年のスポーツ紙記者ならきっと、
「ひと月後には30羽ペース!」
と言うことだろう。
ウカツに浜まで出たらすぐさま飛び去ってしまいそうだから、傍らのモクマオウの林に身を隠し、またしても市原悦子になって岩の陰から観ているワタシ。
それにしても、水辺にいるのはわかるにしても、ここまで海に浸かるもんなんですね、サギたちって…。
直接波が入ってくるわけじゃないにしろ、満潮時でけっこう水面はうねうねしていて、アオサギも体を揺さぶられながらもなぜだかジッとしている。
この様子からして、何か獲物を狙っているのだろう。
すると、突然海面がざわついたかと思うと、アオサギの足元すぐ近くでミジュンか何かの魚群が飛び跳ねだした。
すかさずハンティング態勢に入るアオサギ。
だからといって、そうやすやすとゲットできるものでもなさそう。
でもその様子が面白かったので動画に切り替えたところ、驚いたことに…
…一発ツモ!
ああ!せっかく一発ツモしてくれたというのに、飲み込む前にズームアウトしてしまった…。
飲み込むところまで写っているだけ良しとするか…。
それはそうとアオサギ、やっぱり魚も食べているのだなぁ。
やはり昆虫やトカゲばかり食べていると、突然ぐっさん化して
「魚が食べたい!」
ってなるのだろうか。
その後もしばらく観ていると、ミジュンか何かの魚の群れが飛び跳ねるたびに、サギたちはサッと舞い上がってその場に急行し、ハンティング態勢に入っていた。
ぐっさん化したサギたちにとって、ここは格好の漁場のようだ(下の写真、左端はダイサギです)。
その昔の沖縄本島にだって、このような海辺はそこかしこにあったことだろう。
でも今やそういった海辺はすっかり埋め立てられたりホテルになったり人工ビーチになったりして姿を変え、「格好の漁場」は次々に姿を消している。
こんな大きな鳥たちがわざわざこんな小さな島に来てエサを獲っているのも、きっと本島方面で暮らしの場を急速に奪われているからなのだろう。
もっとも、ヒトの暮らしすら奪われてしまいそうなこの島で、鳥たちが引き続きエサ場を確保できる保証はどこにもないのだった。
2024年11月18日
季節の便りはちゃんと届く。
2024年 11月17日(日) 雨のち曇り
南西のち北の風 午後遅くから荒れ模様
午後まで雨が降ったり止んだりを繰り返しているうちに、風が北に回ってからは洋上が冬の装いになってきた。
明日は欠航が確実視されるなか、この日曜日は通常運航してくれた連絡船ではあったけれど、空模様のせいだろう、日帰り客の姿は見えず。
まったく冴えないお天気が続く。
それでも外を出歩けるくらいには雨が止む時間帯もあったから、朝いつもの時間帯にガメ公のエサ採りのためテケテケ歩き、ついでに裏浜の様子を観に行った。
満潮時だったから、昨日紹介したようなサギたちのパーティーは開催されていないかな…
…と思いきや、この日は裏浜入り口から見て左側の(広義の)マングローブ植物が繁っているゾーンの波打ち際がパーティー会場になっていた。
真ん中がアオサギで、左右がダイサギ。
島内を歩いていると、このところやけにダイサギに出会うなぁと思っていたら、けっこうたくさん(画面外にも数羽いた)滞在しているんだ、今…。
パッと見ではサイズは変わらないように見えるけれど、こうしてアオサギと比較してみると、アオサギのほうが腰の位置が高いのだなぁ。
ダイサギたちのなかにアオサギ1羽では、まるでみにくいアヒルの子状態じゃないか…
…と思いきや、岸側の物陰からソロリソロリともう1羽のアオサギが現れた。
2羽いたんだ、アオサギ…。
冬場なら水納島でもちょくちょく観られるアオサギだから、これまでも複数羽いたことがあるのかもしれないけれど、島内で同じ視野の中に2羽いるのを観たのは初めてのこと。
こんなに大きなサギたちが何羽も来るほど、食料事情が豊かなんだろうか、水納島……。
狂乱不動産バブルだけに、単に他の場所で暮らしの場を追われているだけだったりして。
この勢いで、クロツラヘラサギも来ないかなぁ。
あ、そうそう、冬の鳥さんたちといえば、3日前のことながら…
…ジョビ子ことジョウビタキのメスが、裏アタイのプチトマト用ワイヤーメッシュに止まっていた。
先日のオスに続き、メスもやってきたジョウビタキ。
このまま冬の間ずっと島に居続けてくれるのかどうかは不明ながら、土日祝日や欠航の日にはけっして届かない郵便物とは違い、季節の便りはちゃんと届く水納島なのだった。
2024年11月17日
鷺たちはどう生きるか。
2024年 11月16日(土) おおむね冴えない天気
南東の風 ざわつく程度
未明にかなり本気の雨が降ったあとも、雨雲はすぐには立ち去らず、その後も断続的に雨が。
先だっての激雨被害があまりにもひどかったからだろう、ここ数日の沖縄気象台は、少しでも雨が降りそうになると
「警報級の大雨になるおそれ」
と騒ぐようになってしまっているけれど、その実それほど降っていない。
人々の安全を考えてのことだから仕方ないにしろ、どちらかというと責任逃れのための発表に見えたりもするから、これまたやりすぎると狼とウソつき少年効果が生まれそうな気がする…。
そういえばその激雨で、しばらく居続けてくれていたタゲリの姿がすっかり消えてしまった。
そのかわり、同じ手製ヘリポート周辺に、大きな鳥の姿が観られるようになっている。
アオサギだ。
※以下は水納島の鳥さんコーナーに昨日アップした内容と重複しているので、すでにお読みになったかもしれない3名ほどの方は読み飛ばしてください。
宮崎駿監督の最新作「君たちはどのように生きるか」は、いったいどこがどのように高く評価されているのか、さっぱりわからない…
…ということを内緒にしておかなきゃ、恥ずかしい思いをしそうな雰囲気が漂っている(※個人の感想です)。
しかしさっぱりわからないまでも、ストーリー上重要なキャラとして登場するアオサギは相当印象深かった。
シマエナガだカルガモだといった可愛らしさがあるわけじゃなし、ワシやタカやフクロウのようにカッコ良さで勝負している鳥でもなし、むしろマイナーな存在といってもいいアオサギが、ここまでフィーチャーされたことなんて、かつてあったろうか。
アオサギは国内で繁殖が確認されているサギ類の中では最も大きな種類だそうで、水納島のような小さな島にいると、ダイサギ同様タンチョウ級の存在感がある。
ただ、かつて旅先では、モルディブの桟橋でも、五島列島は福江島の港でも、はたまた天王寺動物園のバードケージの外側でも、ヒトを恐れることなく悠々としていたのに対し、水納島で出会うアオサギたちは、とにかく警戒心が強い。
なにぶん背丈があるものだから開けた場所では外敵察知能力が高く、裏浜や草原などでは、アオサギのほうが圧倒的に早くワタシの気配を察知し、すぐさま飛び去ってしまう。
そのためカメラを携えていても、いつも最大限にズームを利用しなければならない距離からしかその姿を拝むことができない。
コロナ禍前に裏浜の入口から撮った↑これも、アオサギ自体は随分遠くにいる。
裏浜は水納島で暮らすサギ類にとってもいいエサ場になっていて、潮が適度に引いているときには、島に通年いるクロサギや、アオサギ同様冬になってから島にやってくるダイサギたちも混じって、楽しいお食事パーティーが開催されていることもある。
これまで島外で出会ったアオサギたちも海辺や水辺にいたことが多いから、アオサギもやはり魚食系なのかな…とボンヤリ認識していたワタシ。
ところがここのところ手製ヘリポートに姿を現しているアオサギは、水辺とは関係がないところをエサ場にしていた。
カメさんのエサ採り中に出会ったところ、なにぶん開けているところだからすぐさまワタシの気配を察知し、いったん飛び去ってしまった。
でもヘリポートの外周に着地し、首を目いっぱい伸ばし、様子をうかがっている。
ワタクシ、ガン見されております…。
ワタシはワタシで、あまり彼にプレッシャーを与えないよう、アオサギには目を向けずに電柱のそばまで歩き、電柱を盾に市原悦子のようにして遠いアオサギの様子を観続けてみた。
するとアオサギは警戒の要なしと判断してくれたらしく、さっそく獲物を求めて歩き始めた。
さっそく何かを見つけたようで、すぐさまロックオンし、素早くゲット。
はてさて、いったい何をゲットしたんだろう?
ただちに飲み込めるものではないらしく、このあとトドメをさすためなのか、それとも食べやすくするために固い部分を柔らかくしているのか、はたまたただいたぶっているだけなのか、何度か地面に落としては咥えなおすことを繰り返していたアオサギ。
獲物はなんだ?
カマキリだ!
草むらの昆虫王カマキリ先生も、ビッグバードアオサギの前にはひとたまりもないらしい…。
水辺の小動物を主食にしていると思いきや、まさかのカマキリ。
近い将来の人類同様、サギの仲間たちにも昆虫食の時代が訪れているのか?
食糧難に陥ったアオサギを主人公にした「鷺たちはどう生きるか?」という映画なら、ワタシの豆腐脳でも多少は理解できるかもしれない…。
2024年11月16日
食するボラボラ。
2024年 11月15日(金) 朝雨昼晴れ午後遅く強雨
南東の風 おだやか
再び冴えないお天気になりそうな気配に満ちている朝。
そういう予報でもあったから、オタマサは特定健診を受けにいくことにし、それに便乗してワタシも(水納班の)銀行仕事のため、日帰りで本島まで出向くことにした。
健診を終えても雨降りのままだと、そのあと何もできなくなるところだったオタマサだけど、昼前には日が出てきて、昼過ぎからはすっかり晴れ、何か作業をしていると汗が滴るほどに。
おかげでオタマサのヒミツの畑ではタマネギ部隊のスペースがほぼ完成に近づき、ワタシも例の鳥さんケージ用台も、形になってきた。
なんの外連味もない愚直なまでのフツーの台でしかないけれど、「愚」直だけに切り欠きの向きを間違えていたりする…。
作りはともかく、今回はオールドウッドワックスという、蜜蝋を主原料とするワックスで色付けしてみることにした。
「無垢の木に塗りこむだけで、味のある古材のような仕上がりになるソフトタイプのワックスです。」
という売り文句に惹かれたからなんだけど、(ウォルナットのために)美味しそうな生チョコに見えるワックスを布切れでゴシゴシ塗り込んでいくと、なるほどたしかに…
白無垢の木材が、長年使いこんだかのような風合いに。
もっとも、鳥さんのケージ用の台に古材のような趣きが必要なのかと言われるとグゥの根も出ないんだけど、もう20年以上飼っているインコもまた古鳥なわけだから、ちょうどいいのだ。
というか実際は、ネット上ではまるでエポワスなどのウォッシュ系チーズですか?ってな見映えで売られているこのワックスを、試しに使ってみたかっただけだったりする。
汗だくになりながら作業を終えた頃には、再び雨が降ってきた。
そしてそろそろ買い物を済ませてから渡久地港まで…という時間帯になると、またしても極端な強雨に。
世界には大干ばつにあえぐ地域がたくさんあるというのに、なんで降るところにはあえがなきゃならないほど降るんだろう…。
懸念されていた台風25号は、結局「台風」と名乗っていることすらおこがましいほどのショボショボになり、台湾を過ぎる前に消えてしまいそうな雰囲気を醸し出しているけれど、台風ではなくなるからといってもけっして低気圧が天気図上から消えるわけではない。
むしろ雨を降らせる要因としてその後も存在感を発揮し続けるかもしれず、先日の大雨で被害にあった地域はもちろん、紙一重で持ちこたえていただけかもしれない地域も油断は禁物だ。
…という天気が当分続きそうだから、いまだボートを下ろせていない我々なのだった。
なので、昨日の桟橋脇の続き。
目的は防波堤脇のサンゴ群落の見納めではあったけれど、エントリー早々から桟橋脇ならではのキャラクターだらけだったから、実はなかなか防波堤までたどり着かなかった。
波打ち際の斜面が終わるところにポツンと佇んでいたのは、「ウン、ウン」でお馴染みのこの方。
ご存知エンマゴチのチビターレ。
棒切れにしか見えないような真っ黒クロスケ時代は終了し、体に模様が出始めている8センチほどのチビだ。
チビではあっても、その目には特徴的なヒダヒダが。
観るヒトが観れば、きっとこの目を見ただけでエンマゴチだとわかるのだろうなぁ…。
先月末にオタマサが桟橋脇に潜った際に、この場にエンマゴチがいたと教えてくれていたのだけれど、それから2週間経ってもまったく同じ場所に。
ちなみに2週間前はこんな感じ。
撮影:オタマサ
多少模様が増えている気がするけれど、オタマサによるとサイズの顕著な変化は見受けられないらしい。
ま、2週間くらいじゃこんなものか。
すぐそばの桟橋の岸壁沿いの砂底にタカノハハゼのチビチビの姿がチラホラ見えていたなか、ヘコアユたちの姿もあった。
真夏には小さな木屑にしか見えなかったチビチビたちが、その後しっかりサバイバルして成長し、こうして群れているのだろう。
昔はリーフの外でも50匹ほどの群れと出会うこともあったけれど、今じゃなかなか通常のボートダイビングでは出会えないヘコアユたち。
わずか10匹ほどとはいえ、桟橋脇ならではのキャラクターだ。
ところで、ダイバーのみなさんならこの画像を観ただけで、実際にどのように彼らが泳いでいるのかイメージできるんだけど、まったくこの魚をご存知ない方々からすると、みんな逆立ちしてどうやって移動するんだろう…?と不思議に思われるかもしれない。
そこで、痒いところに手が届いてより痒さを増幅させる当サイトは、そのヘコアユの様子を動画でも紹介するものであります。
このように、平時は逆立ちのまま移動するヘコアユたちなんだけど、緊急の場合はちゃんと横向きになってダッシュする。
このヘコアユたちを撮ろうとしていた際、手前でモゾモゾモゾ…と砂に潜っていくモノが。
通りすがりのダイバーさんが愛してやまないソデカラッパ。
愛してやまないわりにはカラッパなのかガラッパなのかいまだに覚えておられないようなので、この際ハッキリしておきましょう、「カラッパ」ですから。
前から見ただけではただのカニにしか見えないけれど、背後から見ると…
…けっこうラブリー(本来無いはずの青い模様はなんだろう?)。
散歩中のところをワタシが邪魔をしてしまったので、すぐさまモゾモゾ…と砂中のヒトになったのだけど、すみません、何度も掘り出して遊んでしまいました。
この先へ行くと普段うちのボートを横付けしているあたりになって、ようやくサンゴ群落が現れてくる。
防波堤脇でも桟橋脇でも、サンゴ群落にはお馴染みの各種スズメダイがにぎやかに集まっているほか、豆チョウたちの姿もチラホラ観られた。
常連のトゲチョウに…
…またしてもニセフウライチョウ。
先日も触れたように、近年は個体数が増えている気がするニセフウライチョウのチビだけど、それでもやはり全体的に見れば数は少ないから、いまだに「おっ!」となる。
でも数が多いトゲチョウやフウライチョウのチビチビたちと区別がつかないでいると、せっかく目の前にいても「おっ!」ってなれないから、よい子のみなさんは見分けられるようになっておきましょう。
見分けられるかどうか自信が無いかたのために、痒いところに手が届く当サイトがお届けする、豆チョウカタログページはこちらです。
サンゴ群落には他にもスズメダイ類やベラ類などのチビがたくさんいるんだけど、どうしても目が行ってしまう豆チョウ系。
それと同じくらい目を引かれるのが、ヒレナガハギのチビターレだ。
もう11月だからみなさん随分大きくなっていて、なかには幼魚体形でありながらオトナ色になり始めているものもチラホラ観られた。
背ビレの先から尻ビレの先までまだ10センチにも満たないサイズだから、カモメ岩の浜あたりならまだチビターレカラーのままでいる年頃なのに。
でも、オトナはこのように背ビレをずっと立てたままでいることはまずないのに対し、この子はこのポーズのままずっと泳いでいた。
ココロはまだコドモのままなのだろう。
これくらい育っているものがいる一方で、まだ育ち始めたばかりくらいのチビチビの姿もあった。
11月半ばでもこんなチビチビに会えるんだなぁ…。
彼らが拠り所にしているサンゴ群落には各種スズメダイ類が多いから、ときにはこういうシーンにもなる。
ヒレナガハギチビターレ本人にしてみれば、1人でいるほうが気楽でいいんだろうけれど、観ているぶんにはなんとも心和む風景ではある。
ビーチ内とはいえ防波堤脇に沿って泳ぎ続けていたために、タンクの空気も少なくなってきた。
そろそろエキジットすべく波打ち際近くの斜面のところまで戻ってくると、ボラの仲間がウロウロしていた。
フウライボラなのかタイワンメナダなのか、ワタシには区別がつかないものの、このテのボラの仲間はビーチ内や桟橋脇ではお馴染みの魚で、波打ち際近くの浅いところを徘徊している姿をよく見かける。
この時は浅い砂の斜面で何度も同じところをクルクル回っていた。
砂底に顔を近づけては…
…ブハッと砂を吐き出しているところからすると、どうやらお食事中らしい。
どうやってエサを採っているんだろう?
砂底に口をつけ、そのままザーッと進んで砂ごと口に入れているようだから、最初は下アゴだけを砂底につけ、ブルドーザーのようにしているのかと思った。
ところが実際は、プレコのように口全面を伸ばして砂底につけた状態で前進していたのだ。
口元アップ。
へ~んな口!
いやはや、ボラがこのような食事の摂り方をしているだなんて、まったく知らなんだ。
知らなかったついでに、その様子を動画でも。
エサとなるものがいくらでもあるからだろうか、なんともゴキゲンそうな顔をしていた彼である。
観るヒトが観れば、この口元だけで種類がわかるのかも。
名前が何であれゴキゲンな彼のおかげで、エキジット間際ですら楽しいダイビングとなったのだった。
2024年11月15日
防波堤のサンゴ群落・見納め編。
2024年 11月14日(木) 晴れ
東の風 少々うねりあり 水温26度
午前中はやや雲が多かったものの、オタマサが布団を干すくらいにはおおむね晴れで、午後になるとすっかり青空が広がった。
冴えないお天気の合間に、ポッと行楽日和を挟んでくれるのは、海神様のご配慮なのだろうか。
おかげで数日ごとに季節がコロコロ変わる。
昨日一昨日は冴えない氷雨、そして本日は「夏」。
島を訪れていた数少ない日帰り客のみなさんのなかには、貸切のビーチで海水浴を堪能されている方々もいた。
そんな貸切ムードをお邪魔して申し訳ないけれど、せっかくの海日和、本日はオタマサともども桟橋脇からエントリーして、ワタシは防波堤脇のサンゴの様子を確認してみることにした。
今夏の白化でことごとく壊滅したかと思われたリーフ内のサンゴたち、しかし浅所&高水温に適応しているリーフ内特化型サンゴたちは、実は白化などどこ吹く風で今も変わらず元気に過ごしていることを先日ようやく知ったばかり。
同じ種類のサンゴが繁茂している防波堤脇も、きっと変わらず元気でいるに違いない。
(桟橋脇にしては)いつになくクリアな海中を進み、防波堤に到着。
はたしてサンゴたちは…
…防波堤の一段高くなっている範囲では、ビーチ側の全域に渡って白化前と変わらず群生していた。
傍らでチラホラ成長しつつあったミドリイシ類はすべて壊滅しているなか、ハマサンゴ系とこのサンゴは(けっして無傷ではないにしろ)ビクともしていないといっても過言ではない。
ミスジリュウキュウスズメダイやデバスズメダイ、ルリスズメダイはにぎやかだし、ノコギリダイのチビたちの群れもいたりするなどやけににぎやかだったから、つられて動画も撮ってしまった。
泳ぎながら撮っているためヨレヨレ動画ですが、これが防波堤脇のサンゴたちです。
ちなみに、動画冒頭でビヨヨンと伸びているモノは、先ごろ行われていた浚渫前の磁気探査エリアのためのブイ。
そう、もうすぐこのあたりに作業台船が停まり、防波堤の解体ならびに資材再利用のための運搬が始まるのだ。
その作業台船を安定して停められるようにするため、事前に地ならし的に浚渫をするという。
その浚渫エリアにサンゴ群落が入っているかどうかは不明ながら、いずれにせよ作業台船が停まってアンカーだなんだをそこらじゅうに落っことすのだろうし、防波堤解体の作業が進めばサンゴ群落が無事のままとは思えない。
つまり、せっかくここまで育った群落ながら、これにて見納めとなる公算が高い。
もっとも、本来の「工程表」においては、その作業は今年の7月初頭には早くも始まる予定だったから、今見納めることができるのは、思いっきり工事がズレ込んでくれているおかげともいえる。
そういえば今夏、工事が遅れていることを幸いに、朝食前にひと泳ぎしてこの群落をちゃんと見納めた方々もいらっしゃる。
まったく興味がない人たちからすれば、何を物好きな…というところだろう。
けれど興味がある方々にとっては、防波堤脇とはいえやはり見納めておくべきかけがえのないサンゴたちなのである。
一方で、強い北風でも連絡船が運航できる港を待望している島のことを思えば、再び復活するであろうサンゴ群落のひとつやふたつ…という考え方もたしかにある。
そこはもう価値観のモンダイでしかないし、誰も彼もがお金儲けをしたがる今の右肩上がり信仰の世の中では、より多くの入域客のために連絡船を大きくし、そのために港を大きくするという考え方のほうがきっと正論なのだろう。
それはそれとして、その「正論」のためにいったいどういうモノが失われていくことになるのか、コラテラルダメージについてキチンと知ったうえでコトを進める…ということは、この地球に生きる我々人類の最低限のマナーではなかろうか。
お金儲けをするならするで、何の罪もない犠牲者たちに手を合わせるくらいのことをしても、けっしてバチはあたるまい。
そんな最低限のマナーすら見受けられないように感じられるから、昨今の狂乱不動産祭りは下品に見えるのだろうなぁ…(※個人の感想です)。
防波堤脇のサンゴたちが元気にしているくらいだから、桟橋脇のうちのボートを横付けする場所のすぐそばにある群落も、ホントにナニゴトもなかったかのように元気にスクスク育っていた。
今年は結局ストロング台風の襲来がなかったから、毎夏のような物理的被害にまったく遭っていないおかげで、むしろ例年よりも育っているように見える。
桟橋の先っちょの先にいるカクレクマノミ4匹在住ハタゴイソギンチャクも、しっかり健在。
この近くで観られるミノイソギンチャクは白化のため真っ白になってはいたものの、ダメージから回復途上ではあるようで、触手の様子は元気そうに見える。
むしろ触手が白いおかげで、通称「悪魔の実」がなんとも美しい。
撮影:オタマサ
白化被害は免れず、もう会えないかも…と覚悟していたリーフ内のサンゴやイソギンチャクたちは、予想を遥かに超えて逞しかった。
港が見違えるほど立派になったらなったで、彼らはきっとその後も命脈を保ち続けることだろう。
たとえヒトの歴史が途絶えても、彼らはさらに生き続けるに違いない。
2024年11月14日
季節錯雑麦酒混淆。
2024年 11月13日(水) しつこい小雨
北東の風 やや波あり
今日も朝からシトシトぴっちゃんシトぴっちゃん。
降ったりやんだりを繰り返しつつも、おおむねずっと小雨が降り続く冴えないお天気だった。
それでも屋外作業可能レベルを超えて降ることはなかったから、オタマサのヒミツの畑作業は続く。
そして昨日今日の作業の甲斐あって…
…10日ほど前と比べれば倍増状態だ。
前回畑に移植されたトマトはさらに成長しているし、仕込んだタネニンニクからはちゃんと芽が出始めている。
昨日今日の2日間で畑になったエリアには、タマネギ等ネギ系も植わる予定。
ここまでなら昨年と同規模なんだけど、今年はさらに畑部分を拡張させ、ためしにジャガイモを植えてみようと目論んでいるオタマサである。
一方ワタシが昨日から取り掛かっているのは、鳥さんたちのケージを置くための台。
あいにく完成までこぎつけなかったのは、天板をどうするか決めずに材料が無いまま作業を始めちゃったからで、ようやく目途が立ったので、天板になるものを買い求めに午前中名護まで行ってきた。
このところちょくちょく来ているから慣れてしまったけれど、ホームセンターなどでの季節先取り商品陳列はエスカレートする一方だ。
ここ数年は、まだハロウィーンすら終わっていない10月に、早くもクリスマス商品が並び始めるものなぁ…。
もはや「季節に応じ」ているわけじゃなく、どこよりも早く陳列させることに重きを置いているようにしか見えない「季節」の商品たち。
しかしそれは、ホームセンターだけではなかった。
夕刻にビールを買い求めにスーパーまで行くと…
…キリンと秋味とオリオンのいちばん桜が揃って登場。
言うまでもないことながら、オキナワの「桜」は春は春でも「新春」のほうの春だから、お正月以降が季節になる。
それがもう、桜のサの字もない晩秋に…というか、秋味がまだ並んでいるところに登場しているのだから、もはや「ひとあし、お咲きに。」(←八重岳桜まつりの恒例キャッチコピー)どころではない。
そんなに季節を先取りしたいのなら、いっそのこと特別醸造をやめて通年売ってくれればいいのに。美味しいんだから。
美味しいといえば、近年は(個人的に)見掛け倒しに感じることが多かったキリンの「秋味」が、今年はなんだかやる気に満ちた味に感じられた…
…のは気のせいだろうか?
この季節に体が欲する味でしっかり勝負してくれているから、たいそう飲みごたえがあった。
あ、単に500ミリリットル缶だからか?
ま、なんであれ、限定醸造と特別醸造を一度に楽しめるのだから、ビールラバーとしてはシアワセな世界ではある。
きっと舶来行事ラバーなみなさんにとっても、ハロウィーンとクリスマスの商品が肩を並べて陳列されている様子は、シアワセな世界なのだろう。
そろそろクリスマス商品の傍らにお正月商品並び始めるけど、11月に台風が4つもできちゃう世界だもの、この時期にお正月商品が並んでも、おかしくもなんともないってことか…。
2024年11月13日
商品紹介の功罪。
2024年 11月12日(火) 雨
北の風 波あり
数日前までの週間天気予報では晴れマークがズラリと並んでいた今週は、南海に蠢くアヤシイ台風たちのせいなのだろう、まったく冴えないお天気に変わってしまった。
時系列予報では今日も午後から雨になりそうで、午前中もずっと分厚い雲がたれこめたまま…
…のはずが、もう朝から降ってやんの。
よほどの暴風でもないかぎり、ヒミツの作業場ではお天気に左右されることはないワタシはともかく、ヒミツの畑で行うべき作業があるオタマサとしては、作業ができないほど降ってしまったらお手上げになる。
降るにしてもごくごく少量でお願い…
…と空の神様に注文をつけつつ、連絡船にて本島へ。
で、秘密基地に着いてやっと思い出したことが。
11月になったらネタにしようとずっと思っていたのに、すっかり忘れていたことがあるのだ。
そう、うみまーるの2024年版中判カレンダーが、ようやく11月を迎えたではないか。
昨年の今頃紹介した2024年版カレンダー、なかでも中判カレンダーの11月の写真がひときわ目を引いたのだけど、どのカレンダーに載っているどの写真とは具体的に述べないままでいた(はず)。
そのひときわ目を引いた写真こそが、中判カレンダーの今月の写真だ。
一般的なダイビングではまず海で出会うことはないであろうアオイガイが、団子状態で大集合。
誰も行かないような水平線の彼方までボートで出向いている、うみまーるならではの遭遇といっていいこのアオイガイ集団、添えられているキャプションによると、「アオイガイのメス」とある。
なんでメスってわかるんだろう?と不思議に思って調べてみたところ、なんとなんと、貝殻を作るのはその中で卵を保護するメスだけで、貝殻を作らないオスは20センチ以上になるメスに比べて遥かに小さく、せいぜい数センチほどだという。
ほぼほぼ繁殖のためにしか存在していないのだろう…。
癒しに飢える人々を癒し続けるうみまーるのカレンダーにあって、異色中の異色といっていい写真が掲載されている事情は、おそらくリンク先で推測しているとおりに違いない。
ありがたいことに、今年もまたうみまーるの2025年版カレンダーが贈られてきた。
さあてさあて、今年はどんな変態社会的クリーチャーが載っているかな、とワクワクしながらそれぞれのカレンダーの表紙や巻末にある各月の写真を見てみたところ……
変態的クリーチャーの姿はどこにもないのだった。
そもそもそういうことを求めるカレンダーではないのである、ということを忘れていた…。
ところで来年用のカレンダー、大人気を誇る大判カレンダー「海と空の出会う場所」は従来どおりのサイズながら、これまで中判カレンダーのポジションにあった「ちゅら海のなかまたち」は規格もタイトルも一新され、「こころほほえむ海」という、セミ大判のカレンダーに生まれ変わっていた。
また、卓上カレンダーは(おそらく)そのままながら、ウミガメさんたちに特化した小判カレンダーは、これまたサイズがふた回りほど大きくなって新装オープン。
それぞれ大きくなったぶん価格も大きくなっているけれど、これは諸式高騰のおり従来の価格では提供は不可能ということになり、価格アップするぶんグレードもアップ…ということだろうか。
事情はどうあれ、大きくなったおかげで、特にカメさんたちの写真はどれもこれも従来以上に見応え充分だ。
特に12月の夕陽煌めく写真が素敵だなぁ…。
絶賛発売中の2025年版うみまーるカレンダー、もちろんのこと南米大河で今すぐポチッとできます。
で、南米大河の販売サイトを見ていて気がついたことが。
販売している商品をつぶさに伝える同サイトのこと、カレンダーについても、各月ごとを拡大して閲覧することができるご丁寧さ。
それも、拡大ボタンを押すと、けっこう大きな画像で見ることができる。
さすが南米大河…
…と思ったのだけど。
各月のページを681×1500ピクセルもある大きな画像(キャプションまでちゃんと読める)で紹介しているから、その画像を保存するだけで、カレンダーを購入せずともPC上のカレンダーとして使えるんじゃね?
たとえば先ほどの12月のページの画像を保存し、このブログサイト用に小さくリサイズしてもこんなに大きい(もちろん検閲はワタシによるもの)。
商品をつぶさに余すところなく紹介するのはいいけれど、諸物価高騰で買い控え傾向になる世の中にあっては、写真がウリの商品でこの大きな画像はむしろ逆効果になるのでは…。
みんなが気づいてしまう前に、考え直したほうがいいんじゃないの?南米大河。
あ、ファンの皆様はそんなセコイことはしないか…。
まだ南米大河で販売されている今年の中判カレンダー、その11月の画像をこっそり保存しちゃったワタシをお許しください(汗)。
2024年11月12日
「その後」のインリーフ。
2024年 11月11日(月) おおむね晴れ
北の風 やや波あり 水温27度
ポッキーの日の今日は、久しぶりにノーストレスの好天に恵まれた。
太陽は暖かく…というか日差しの下に居続けたら暑いほどで、それでもTシャツ姿で日陰に入ると肌寒く感じるくらい。
この時期ならではの、陰陽の寒暖差を味わえた。
まぁそれにしても土日の激雨もたいがい常識はずれだったけれど、今現在の南海上の台風の状況も、20年前だったら何かの間違いかと思うほどになっている。
気象庁発表の台風進路情報を出しているサイトを見ると…
…台風が同時に4つも並んでいるのだ。
それらの多くは沖縄を含めた日本とまったく関係がない進路になりそうとはいえ、11月も半ばになって、台風が仲良く4つも存在しているなんて…
狂っている。
そのうちのひとつがまたアヤシイ進路予想になっていて、ウソつきウィンディあたりはショボショボになりながらも沖縄本島付近まで来てしまう予想を出しているほど。
土日の大雨をかろうじて持ちこたえているだけかもしれない各所に再び激しい雨が降ったら、いったいどういうことになるんだろう?
こういうことがどんどん当たり前になっていきながら、その都度「記録的」な事態に直面することになるということは、もう誰もがうすうす覚悟していることではある。
であれば、いまだ断水解決の目途すら立っていない大宜味村も、歪なバブルの狂騒に乗っかって「結の浜」の埋め立て地の先にとてつもない規模の人工ビーチを造ろうなんてことを考える前に、人々の暮らしの基礎の基礎の基礎である浄水場を、狂った気象で何があっても無事でいられるようなモノに造り替えるよう、同規模の予算で考えた方がいいんじゃないですかね。
とにかくそんなわけで、しばらく好天が続くはずだったこの先も日を追うごとに冴えない予報が並ぶようになり、しかも台風モドキが来るかも…となると、おちおちボートを海に戻していられない。
ああ、せっかくの好天なのになぁ…。
そこで、この日午後から潜ることにした。
目指すはオホンナ海岸、カモメ岩の浜だ。
実に3週間ぶりのダイビング、しかもビーチエントリーとなると、インリーフ用の小さなタイプとはいえタンクを背負って坂道を上り下りできるだろうか…
…という体力的モンダイもさることながら、今年の白化でリーフ内のサンゴたちはことごとく壊滅しているんじゃなかろうか。
となると、せっかくエントリーしても一望死の世界なのかなぁ…。
それならそれで、その死にっぷりをちゃんと見ておかねば。
波打ち際からエントリーして海中に没すると、いきなり目の前を魚群が横切っていった。
ツムブリの若魚30匹ほどの群れだ。
波打ち際から5メートルも離れていないこんなところでツムブリ?
一瞬ボラかと思ったけど、レインボーランナーという英名にしおうその流線型の体は、紛れもなくツムブリ。
サンゴが壊滅して、リーフの中の様相が変わったからだろうか。
ところが。
壊滅必至と思っていたサンゴたちは、元気そのもの!
これはエントリーしてすぐのところに広がる群落で、真冬には最も冷たい水が淀むゾーンでもあるために、昨冬の激冷え込みのときには上部がかなり傷めつけられていた。
冬に被害に遭っていたその部分がすっかりといっていいくらいに回復していて、白化被害の名残りも何もない。
最もバッドコンディションのこの場所でもこんなに元気なくらいだから、その先も見渡すかぎりどこもかしこもみんな元気なままだ。
ただしそれはあくまでもこの種類のサンゴと、一部の塊状サンゴにかぎってのことで、波打ち際に近いところでもポツポツ観られていたミドリイシ類の姿はどこにもなく、ソフトコーラルはおおむね↓こういう状態に成り果てていた。
白化して弱った各種イソギンチャクと同じく、すっかり白くなって縮んでしまっている状態。
本来なら体積的にもっと膨らんでいて、誇らしげにプワプワしているはずの彼らなのに、どこもかしこもこういう有様になっている。
なぜだかひとつの岩に繁りまくり、ソフトコーラルの山になっていたところも、すっかり縮んでしまって、きのこの山ホワイトチョコバージョンになっていた。
元気であれば、岩肌がまったく見えなくなるくらいのボリュームなのになぁ…。
ミドリイシ類やハナヤサイサンゴ類といった、リーフ際でお馴染みのサンゴたちはことごとく姿を消して…というか残骸だけになっていて、ソフトコーラル類もほぼほぼ青息吐息になっているのに対し、もともとリーフ内を主たる暮らしの場にしている先ほどの枝状サンゴやハマサンゴ類は、まったくといっていいほど白化の被害が見受けられない。
しかもこの枝状のサンゴは折れて海底に落ちたところからでもグングン育ってその場に定着するほど成長速度が速いから、ほんの少し前はポツポツ程度に点在していた小さな群落がそれぞれ広がることによってすべて繋がり、広大なサンゴ群落を作ってさえいた。
これらのサンゴたちはもともと平時でもリーフ内の高水温にさらされているから、高水温には滅法強いということなのだろう。
高水温には強くとも、波穏やかな環境に適応しているだけに、ストロング台風の波濤では物理的に傷めつけられる。
台風時の怒涛の波濤によってそこらじゅうの死サンゴ岩などが転がり、それによっていたるところをバキバキに破壊されるという被害のほうが大きいのだけれど、なにしろ成長が速いからそういった傷もすぐに癒えてしまう。
なんて逞しいんだ、このサンゴ…。
水納島のリーフ内ではお馴染みのサンゴだというのに、昔からその名を知らぬ我々。
今さら尋ねるのもお恥ずかしいことながら、ユビエダハマサンゴがしょぼくれて萎びたようなこの地味地味ジミーなサンゴ、なんて名前でしたっけ?
さてさて、そんな逞しいサンゴが元気いっぱいの様子を見て、エントリー早々にテンション高めにリーフ内をウロウロしてみると、さすがに11月にもなると豆チョウたちも育っていて、今日出会った中で最小サイズのアケボノチョウでさえ、3センチほどになっていた。
なので人生最小級の出会いは見込めなかったものの、種類的に「おっ!」となったのはこちら。
ニセフウライチョウ@4センチほど。
以前は個人的にかなりレアだったニセフウライチョウのチビターレも、近年は遭遇頻度が増している。
それにつれて、リーフエッジ付近で出会うオトナないし若魚の姿も、近年けっこう増えている気がする。
豆チョウたちとともにお馴染みのヒレナガハギのチビも、わりと育っているものが目立つ。
これで上下8センチくらい。
もっと小さなチビターレの姿もポツポツ見られた。
たまにリーフエッジで見かけることはあれど、ヒレナガハギのチビチビといえばやはりインリーフ。
でも同じインリーフでも、サンゴ群落から離れた波打ち際にほど近いところで苦労を余儀なくされながら暮らしているチビターレは…
…背ビレ尻ビレがボロボロ。
咄嗟の際に難を逃れる場所がないため、気の強い他の魚たちにやられ放題なのだろう。
これ一時をもってしても、元気なサンゴ群落がこれらチビターレたちにとってどれほど大事な存在かということがよくわかるというもの。
一方、こういった枝状サンゴではなく、塊状に育つハマサンゴ類が欠かせないチビたちもいる。
そのひとつが、インリーフの(個人的)スター、サザナミヤッコだ。
この日出会ったこのチビはもう10センチほどにまで育っていて、さざ波模様の合間にうっすらとオトナの色味が出始めている。
彼らは身の危険を感じていないときは、サンゴ群落の上を悠然と泳いでいたりすることもあるけれど、ひとたび「やべ!」と思ったら、すぐに岩穴に逃げ込む。
このインリーフ環境でその緊急避難場所を提供してくれているのが、塊状にグングン成長していくコブハマサンゴたちだ。
彼らはたとえ死んでも岩陰だけは残してくれるし、生きていてもその下部には上の写真の左奥のような空隙がたくさんある。
暗がりに逃げ込んで難を逃れるサザナミヤッコのような魚たちにとって、コブハマサンゴもまた欠かせない存在なのだった。
さてさて、その他いろいろチビチビを愛でていたこの日、最大のヒット賞はというと、ほかでもないこの方。
これが誰だかすぐにわかりましたね?
そう、ゴマモンガラのチビちゃん。
これまでも3センチほどのチビターレには何度か遭遇しているけれど、8センチくらいの、チビターレではないけれどオトナ模様にもなっていないゴマモンガラに会うのは初めてのこと。
いわば個人的ミッシングリンクが繋がる日を迎えたのだ。
思わず「ウヒョーッ!」となってカメラを向けていたら、ゴマちゃんもまた…
…「オヒョーッ!」となった。
そうそう、その第1背ビレピンコ立ちの姿を、横からも撮らせてくれないかなぁ…。
すると…。
ゴマちゃんもお利口さんである。
実はこの日、もう1個体ほぼ同サイズのゴマちゃんがいた。
今まで一度として遭遇したことがなかったのに、一度に2個体に会えるなんて。
なるほど、夏場はせいぜい3センチほどのチビターレだけど、この時期になるとこれくらいに育っているってことか…。
そろそろ岸に近づき始めた頃、ふと思い立ち、カクレクマノミの生存確認をしてみることにした。
ハタゴイソギンチャクに暮らしているカクレクマノミは、波打ち際に近いところでちょくちょく目にするのだけれど、そのハタゴイソギンチャクの場所を何度潜っても覚えられない…
…と嘆いていたところ、場所を覚えられないのではなく、ハタゴイソギンチャクが同じ場所に居てくれないだけであることがその後判明した。
イソギンチャクもまた、状況に応じて移動可能なのである。
そのため間を空けて通っていると、毎回違うところで観られるハタゴイソギンチャク、はたして白化を乗り越えているだろうか。
乗り越えていた。
色味的に若干白化の名残りがありはするものの、ボリューム的には健全そのもの。
2匹しか姿は見えなかったけれど、カクレクマノミたちも安心して暮らせているようだ。
覚悟していたほどの被害はなく、むしろ適温となって魚たちはみな元気に過ごしているように見えたインリーフ。
でもその陰で、ひっそりと未来を憂いている者たちの姿もあった。
普段の暮らしにミドリイシ類のサンゴが欠かせない、テングカワハギたちである。
この日もポツポツ姿を見かけたけれど、リーフ内でもミドリイシがそこかしこで育っていた白化前に比べれば、その数は激減といっていい。
ポリプ食の彼らのこと、このサンゴがミドリイシ類の代替食になりうるのかどうかは不明ながら、こんなに群落が広がっているにもかかわらずテングカワハギは激減しているところをみると、やはりリーフ内のミドリイシ壊滅は相当な痛手になっているのだろう。
ゲップが出るほどいくらでもテングカワハギが観られた時代は、十数年でひとまず終了となりそうだ。
前回は再びたくさん観られるようになるまで十数年かかったけれど、今回ははたして?
この十数年、観られるうちにテングカワハギをたっぷり観ておいたみなさんは、なにげに果報者でございます。
2024年11月11日
原点回帰の猿。
2024年 11月10日(日) 雨のち晴れ時々雨
南東の風 おだやか
梅雨時や台風時のような大雨が、それも常軌を逸したレベルの雨が、そろそろ冬の気配も見え始めている11月に…。
狂っている。
しかしことあるごとにケタはずれになる気象もさることながら、最もオソロシイところは、そうなることが事前にまったく「予報」されていなかったこと。
10日はそれなりに強い雨が降りそうという予報が前日から出ていたけれど、ここまで降るなどといったい誰が予想していたろうか。
翌11日についての前日の予報となると、引き続いて大雨になるなんてことは誰も言っていなかったはず。
遥か南を西進中の台風由来の暖かく湿った空気がこの激大雨をもたらした…といった話を各予報士は結果報告的にもっともらしく言っているけれど、「天気予報」というのは結果の考察じゃなくて「予報」が肝心かなめの仕事なんだから…。
この季節に雨でこんなことになるだなんて、県民でさえ誰も夢にも思っていないのだから、晩秋のやんばる路のロードレースを楽しみにしていたであろうツールドおきなわの参加予定者たちは、寝耳に水どころじゃない怒涛の雨量に絶望していたことだろう。
この日も午前中はセッセとヒミツの畑仕事をするつもりでいたオタマサは、そんな雨のために屋外仕事は不可能な雨量のためにやることなしお君。
一方ワタシは、屋根付きの作業場があるおかげで、雨を気にすることなく(でも照明が無いから手元が暗いけど)屋内作業。
で、先日紹介した予定どおり、両サイドの棚に板を渡して、もうひとつの棚が完成。
長さを揃えてネジで止めるだけならあっという間に終わるところながら、そうすると両サイドの棚を個別に動かすことができなくなる。
そこで、ダボで止めるだけにして板を渡し、いざというときには裏から木槌でトントン…とやれば棚板をいつでも取り外せるようにしてある。
これで左側の小ぶりな棚の多少のグラつきは解決するから、一石二鳥。
ちなみにこの棚板ももちろん廃材で、かつては旧我が家でこのように使用していたモノ。
ガラにもなく花が添えられているのは、この画像がお正月準備後の大晦日に撮ったものだからで、スペースの割には小さなテレビは、その年末にメガネ1番のくじでオタマサが引き当てたもの。
その後今に至るまで現我が家で使用しているのだから、なかなかのご長寿ではある。
このあと大き目のテレビに替えたから、この和風な棚がちょうどテレビの周囲にピッタリになったんだけど、その後ほどなく旧我が家は被災してしまい、この棚は居場所を失ってしまった。
かといって捨てるのももったいないのでとりあえず秘密基地に移し、当時は余剰にあった収納スペースでひっそりと余生を過ごしていたんだけど、そのようなスペースもだんだん他用途のために消えていき、昨年ついにこの棚は解体の憂き目に遭ったのだった。
でも板はジョートーのままだから再利用できる日のために待機させておいたところ、おあつらえ向きの使命がようやく訪れた次第。
もともとはひと目につく場所にあったものだから、それなりによそ行きの装いになっているため、妙にこの板だけ浮いてしまっているけれど、それはそれで資材にも歴史ありってことで。
この秋に取り掛かっていた収納スペース激増作戦、とりあえずこの出入口側はこれにて完了……かな?
この棚は出入口の上でそれなりに高いところにあるため、オタマサにはつらい場所なんだけど、先日作った踏み台があればこのとおり。
ちなみにこの踏み台、マネさせてもらったメイクマンの売り場では、1台2000円弱で売られているモノ。
こんなちっぽけなものが2000円弱なんだもの、いくら廃材利用のチープな作りとはいっても、両サイドのサイズの棚となったら、とてもじゃないけど購入できない価格帯になってしまうことだろう。
木材の高騰も目を覆うばかりの惨状ながら、それでも完成品を買うよりは安く済む…。
さてさて、前日までの予報ではこの日以降のお天気は回復傾向となり、1週間以上のどかな日々が続きそうな気配となっていた。
そこで、ずいぶん長く上架したままになっているボートをこの日午後海に戻し、島に戻ってから1週間は秋の海三昧!
…となるはずだったのだけど。
朝からずっと雨、しかも渡久地港近辺にはまず間違いなく大量の流木。
よりによってこんな日にボートを下ろし、早々に流木でプロペラが損傷…なんてことになったら目も当てられない。
翌日以降は本島の雨濁り水がドッと押し寄せてくるだろうしなぁ…。
というわけで、この日ボートを下ろすのは止めて、スゴスゴと昼過ぎの連絡船で島に帰ってきたのだった。
港に着いた連絡船のデッキから眺める島の海は…
…まるでコスモクリーナーDがもたらされたあとの地球のように、どこまでも青く輝いていた。
この2日間というもの、遊星爆弾によって放射能塗れにされた地球のような、赤く色づいた泥水状態の海しか観ていなかったから、とてつもない別世界に見えてしまう。
それはともかく、完全に海日和状態なのがクヤシイ…。
それはそうと、あれほどの雨だったから、いつもより早く濁り水が島に接近しているかと思いきや、遠く沖合を眺めてもまったくその気配はない。
最高齢船員キヨシさんによると、夏の大雨のときと違って、渡久地港を出たところに広がっている赤土濁りの水は、川の流れのごとく北上していて、島のほうまで来ようとする気配がないとのこと。
ひょっとすると、島の周りはこのまま濁らずに済むかな??
午後はこのまま晴れるのかな…と思っていたら、夕刻には晴れ間が出ているにもかかわらず滝のような雨に。
激雨被害に見舞われたやんばる方面は、これからしばらくはちょっとしたスコールがいつなんどき何のスイッチになるかしれたものではないから、油断も隙もあったもんじゃない。
その点土砂崩れなど起きようはずもない水納島はなんの心配も無いので、夕刻には待ちに待った四十七士の猿。
前日名護まで出掛けた際に買い求めてきた、トニックウォーターやジンジャーエールの出番だ。
でもその前に、冷蔵庫で冷やしておいたボトルから、そのままちょこっとグラスに注いで、ひと口飲んでみる。
コルク栓を開けた途端に漂うジンの香り、これを「香水にしたい…」と思うかどうかはともかく、これはこれでジン独特だから、ある意味アロマではある。
さっそくひと口
おお………なんとも体に良さげな深い味わい。
以前ヒトからいただいた養命酒が出しているクラフトジンの趣きもあるような、それでいてボウフウ酒の飲み心地にも似ているような…。
ボウフウ酒なんて、「ボタニカル」ということになるとボウフウ1種類だけだから、それと似ているなんて言われたら47種の立場が…ってなところだろうけど、似ているのだからしょうがない。
ストレートで味わった後、今度はロックにしてみる。
ほぼクラッシュアイスだったから、モンキーを注いだ途端に氷がある程度溶けたこともあって、飲み口はかなりマイルドになりつつ、冷えた分飲み心地爽やかってなところ。
お次はそこに炭酸ソーダを入れてみる。
実は先日猿四十七を紹介したところ、大雨の後の晴れた日に宮古島のバーでわざわざ飲んでみたという方が、ご丁寧にも写真付きで知らせてくださっていわく…
画像提供:宮古のぼっちドリンカーさん
「ブログを読んで気になった猿47 先程飲みました。 宮古島で馴染みのショットバーで。 マスターが勧めたのは、ソーダ割り。 これは美味いですよと供されたのですが、確かに美味い… 」
とのこと。
バーでありながら「THINK」って店名はどうなのよ…という気がしなくもないけど(そのもう一杯、飲む前によく考えろ、ということ?)、さすがプロ、どんなお酒でも美味しい飲み方をご存知なのですなぁ。
というか、店にあるんですね、ちゃんと。
で、そのソーダ割り。
ストレートでさえ香り立つ独特のアロマが、はじける炭酸に乗って鼻腔を刺激する。
たしかに美味い…。
ストレートやロックだと、ダァーッと注いでグッと飲む…を繰り返してるとすぐさまゴールに達してしまいそうなところ、割ることによってほどよく抑えられた度数になると、「しっぽり…」飲むにはなるほど最適なオトナのムード。
落ち着いたバーであれどこであれ、スタートダッシュでゴール一直線!というごっくん隊隊長のような飲み方はなかなかできない…という向きにはピッタリの飲み方なのだろう。
飲み方としてはシンプルにこれくらいでいいってなところ、せっかく人生で初めて買ってみたトニックウォーターなるものも試してみたい。
今の世の中、ジントニックの作り方などと検索してみれば、星の数ほどサイトが出てくるからなんとも便利。
ただ、こと酒に関しては極めて幼稚になってしまった今の社会では、そうやってお酒関連のサイトを開こうとすると、特にメーカー系のサイトでは、いちいち年齢確認をしてくるようになっている。
それも、コンビニのようにただ「はい」を選択するだけじゃなくて、ご丁寧にも生年月日を記入しなければならないサイトまであるのには呆れた。
その端末を使用して閲覧しようとしているのがその生年月日の本人である、ということは関係なさそうなこのシステム、いわゆるひとつの「責任逃れ」以外の意味がいったいどこにあるんだろう?
今のこのシステムでは、中学生がキリンビールの歴史について調べようとしても、キリンビールのサイトは観られないじゃん…。
というか、そこまでしてお酒ワールドから未成年を弾き飛ばしておきながら、禁止薬物系に走ってしまう未成年たちは激増の一方ってのもなんだかなぁ…。
ま、どれほど多くの未成年が麻薬に走ろうとも、酒類メーカーも酒販売店も、責任は問われないですからね。
ともかくそうやってジントニックの作り方(といってもソーダ割りと大して変わらないけど)を調べ、生まれて初めてトニックウォーターの栓を開け、グラスに注ぎ込む。
あ…トニックウォーターって炭酸だったんですね…。
ライムなど気の利いたものはないのでレモンを代替品にしつつ、一見ソーダ割りと変わらない無色の液体を飲んでみる。
あ……カクテルだ。< 当たり前だ。
まぁカクテルといえばたいていそうだけど、アルコールを感じさせない、いわゆるひとつの下心満載男子がおねーちゃんに飲ませる系の味だ。
数あるジンの種類によって、同じ作り方でも味わいが変わる…のだそうだけど、そこまで違いのわからぬワタシにとっては、こういう系はすべて「おねーちゃんに飲ませる系の味」ということになる。
せっかくだからと買ってきた、ジンジャーエール割り、いわゆるジンバックなるものも作ってみた。
ライムジュースなど無いので、レモンを搾って入れてみたところ…
おお……これまたカクテルだ。
もちろん「おねーちゃんに飲ませる系」。
これらはこれらでもちろん美味しいし、お酒を楽しくオシャレに味わう飲み方ということではワタシはまったく文句はないけれど、ではこのジンが持つ本来の美味しさをそれで味わえるのか…ということになると、「ハテナ?」となってしまう(※個人の感想です)。
もっとも、奥の深いカクテルのこと、シンプルに見えるこのテのものでも、プロが作ればたちまち別モノになるであろうことは想像に難くない。
でもそれは家では無理だから、本来の味わいを楽しむということではソーダ割りがたしかに美味しい。
さらにいえば、なんだかんだいって結局ストレートが最も美味しい気がする…。
酔わずに何杯も飲めたらなぁ!
酔うために酒を飲むわけではないワタシにとって(もちろん酔い心地も好きです)、加齢とともにゴールが早くなってくると、もっと味わっていたいのに酔っぱらってしまうのがなんとももどかしい。
まぁそれはそれで健康のためになっているとはいえ、だったらだったで、酔い加減がある程度のところまで達すると、それ以上いくら飲んでもたちまちアルコール分が自動的に消失する体内マシーンは無いものか…。
よそ見運転していてもヒトを轢く前に車が勝手にストップしてくれる今の世の中なら、アルコール吸収制限マシーンもいくらでも作れる……
…わけないか。
ともかくそんなわけで、人生初のモンキー47ドライジンは、こと味オンリーならストレートで、本来の味を味わいつつしっぽりオサレ―に飲むならソーダ割りで楽しむが吉ってことで。
結論に達したところで、原点に返ってストレート締め。
ああ……まいう~。
いかん、いろいろ試しすぎて飲みすぎちゃったかも…。
2024年11月10日
降ーるどオキナワ。
2024年 11月9日(土) 雨
南東の風 おだやか
未明から夜明け前まで続いていた雨はかなり激しかった。
幸い夜明け頃からあとの島の上空は晴れ渡り、なんだ、超ウソツキじゃん天気予報…
…と思っていたのだけれど。
大雨とはいえ短時間だったはずなのに、朝イチ便の連絡船に乗って渡った渡久地港は、早くもアマゾン河の本流状態になっていた。
一面アマゾン河状態なんだけど、それは表層だけの話らしい。
連絡船が接岸する際にペラが水中を攪拌すると、その周辺のアマゾンカラーは脇へ押しやられ、すぐに元の色が下から出てくるのだ。
満名川から渡久地港に流入している赤土塗れの水は、陸水だから渡久地港内の海水優勢の汽水よりも軽いため、しばらくは上層に溜まっている…
…ということなんでしょうか。
海水は塩分の分だけ真水よりも重いのはわかるにしても、では赤土は塩分よりも軽いってこと?
赤土自体の比重は1.6以上あって、水よりも海水よりも重いからこそ、やがて海に堆積してしまうわけだけど、ではなぜ流出した当初は浮いているんでしょう?
なんか昔は知っていたような気がするのに、今さらながら「なんで?なんで?オジサン」になってしまった…。
わかりやすく優しく教えてくださる方、募集中。
さてさて、このあと海沿いの道を名護まで行こうとする際にも、遠く水平線近くにある水納島上空は晴れており、青空が広がっていた。
ところが大浜のビッグエキスプレスを過ぎるあたりから、対向車線にはライトを点灯している車が目立つようになってきた。
この先は相当降っているってこと?
しばらくすると、案の定太郎。
土砂降りを通り越し、滝のような雨も通り越し、ビクトリアフォール状態の激雨ゾーンになってしまった。
路上には本格的装備のチャリダーがたくさん走っていて、誰も彼もがずぶ濡れだ。
後刻知ったところによると、この日予定されていたツールドオキナワのイベントは大雨のため急遽中止、翌日のレースも、200キロをはじめとする長距離は中止とし、可能であれば本部~名護~今帰仁のエリアで50キロコースを確保して行えるかどうか、ということになったらしい。
やんばる方面では、名護の大雨どころではないものすごい事態になっているのだ。
ネット上のニュース画像を見て驚いた。
西海岸の源河川河口と東村をつなぐ県道14号線では、アスファルトの下がえらいことになって、まるでゴジラが歩いたあとのように道路が滅茶苦茶になっている。
東村では、川岸に建つ家の一部が、赤土塗れの赤い水に流されてしまっている(NHKのニュース)。
まさか沖縄で「岸辺のアルバム」になってしまうだなんて…。
このあと土砂崩れ等の被害状況が次々に明らかになっていくにつれ、災害級の事態であることが(政府関係者以外の)誰の目にも明らかになることだろう。
水納島と瀬底を結ぶラインで発達した雨雲がずっと居座り続ける時間帯もあったようだから、その後は島でも相当降ったに違いない。
これを書いている今朝6時過ぎに雨雲レーダーを見たところ、やんばる方面はさらにとんでもないことになっていた。
とてつもなく広範囲に渡る強い雨雲が、1時間以上ほぼこのまま微動だにせず居座り続けているではないか。
昨日からずっとこの状態に見舞われている大宜味村では、浄水場施設が浸水してしまって稼働しなくなり、村内では断水が続いているそうな。
こんだけ雨が降って断水ってアナタ…。
このとてつもない大雨は、奄美地方から沖縄本島地方にかけてのことで、いわゆる線状降水帯の波状攻撃状態がもたらしているようだ。
本島すぐ近くの与論島では、1日で600ミリもの雨が降ったという。
それをどう読み違えたのか、オタマサなどは
「与論では1時間に500ミリって!」
と例によって素っ頓狂なことを言っていたけれど、それほど降ったらそれは「降る」じゃなく「落ちる」にひとしく、ただ歩いているだけで溺死してしまうってば(本人は読み間違いではなく記事の書き間違えであると言い張っている)。
線状降水帯という言葉が世の中に出始めた頃は、まだまだ発生はレアケースだったような気がするのに、今じゃ波状攻撃的にそこらじゅうに発生しまくるようになってしまった。
それでもまだ「線」で留まっているからいいようなものの、たとえば九州一円を覆う「降水帯」なんてものができたら、それはいったいどういう呼称になるのだろう?
記録的広域降水帯とか?
みんながトランプになっていく地球では、それがゲンジツのものとなる日も近いかもしれない。
2024年11月09日
神の路と黒い森の猿。
2024年 11月8日(金) 雨がちの天気
南の風 うねりあり
風が南よりに回って、なおかつ天気が悪くて放射冷却もないおかげで、再び朝が過ごしやすくなっていた。
冬将軍の先遣隊は、偵察を済ませて一時撤退してくれたらしい。
風の強さも前日よりさらにおさまり、洋上はうねりが残る程度だ。
となればさすがに、連絡船復活!
その日の朝、まだ連絡船の1便が到着する前の早い時間帯に、珍しくトシおばさんがトコトコ我が家まで歩いてきた。
お散歩かな?と思ったら、
「あんたがたも島にいたんだね!」
は?
「オサムとタツヤと私の3名しか居ないかと思った!」
この長期欠航期間中、トシおばさんのご近所になるワクガワ家は家族みな島外に出ていて、民宿大城のお二人もいらっしゃらないし、リョウセイさんはいつものごとくいないし…
で、この日ふと我に返ったトシおばさんは、指折り数えてみたら島にたった3名しかいない!となって愕然となり、慌ててヒトの気配を求めて島内を歩いていたという。
実際は我々がいるし、マサシさんもいるし、ナカチさんもいらっしゃるし、工事の方々は現場事務所になっている元教員住宅にいるんだけど、長期欠航期間中(おばさんは今週いっぱい欠航と聞かされていたらしい)に身の回りでヒトの気配が途絶えてしまったら、90オーバーの高齢者としては心細くなって当然だ。
でも今日以降しばらくは連絡船が動くみたいだから、誰かしら帰ってくるはずよ、とお伝えすると、さっそく明日お出掛けして娘さんとの買い物を楽しみにするトシおばさんなのだった。
さて、久しぶりに連絡船が動くと、届いた瞬間古新聞がドドッともたらされる。
「トランプ圧勝!」
というド派手な見出しも、すっかり古新聞のくすんだ色味にすら見える。
にしても、「世紀の大接戦」とかなんとか言っていたくせに、手のひら返しで「圧勝!」って報道するマスコミのいい加減さも、たいがい天気予報なみであることがよくわかる。
そんな古新聞や各種郵便物に混じって、長らく本部局で足止めをくっていた当家宛ての贈り物も、ようやく海を渡ることができたのだった。
ようやく届いた荷物とは、船長が容易に「きっとお酒ですよ」と推測してみせるとおりの品々だった。
実は先月下旬に、いわば「最後だョ全員集合!」てな感じでダイビングクラブの同級生たちが4名ほど島に遊びに来る予定になっていた(ホントに全員だとボートの定員を超えちゃうけど…)。
ところが誰の行いなんだか、来る来る詐欺の台風のせいで、みなさんの全旅程アウト。
その行いの悪い人たちの中には鳥羽のタコ主任(現在はもう少しえらくなってます)もいて、ホントは島で会ったときにお土産に…と用意してくれていたものを、わざわざ送ってくれたのだった。
というわけで、本来なら一緒に飲もうということになっていたであろう、伊賀の純米吟醸と、まったく未知の琥珀色のお酒が目の前に。
日本酒はオタマサ用にということだろうから、とりあえずさっそく琥珀色のシアワセに浸ることにした。
伊勢の蒸留所プレゼンツだけあって、「神路(かみじ)」という畏れ多くも神々しい銘柄のこのウイスキーは、伊勢蒸留所で蒸留&熟成されたモルトウイスキーと、スコットランドで長期熟成されたモルトウイスキーをブレンドしたものなのだそうな。
日本産とスコットランド産のハーフだなんていったら、それこそまっさん夫婦のコドモのようなものだ。
ブレンデッドウイスキーならではの、まろやかな舌触りが心地いい…。
本日最終便で届いたもう1本も、この勢いで楽しみたいところ。
とある奇特な方が贈ってくださったこの逸品、事前にメールにて贈り主から、
サルナンカチユウ。
トウチヤクヲマテ。
オリフヨウ。
という、昔懐かしい電報文のようなメッセージが届いていた。
オリフヨウとかトウチヤクヲマテは理解できたけど、サルナンカチユウとはいったいなんだ?
「さるモノ」もしくは「さるブツ」が南下中と書きたかったところ、モノもしくはブツが抜けちゃったのだろうか、ご高齢だし…あ。
なので何が南下しているのかさっぱりわからなかったんだけど、その謎がついに明らかに。
南下していたのはこれだった。
MONKEY 47。
イギリス人が個人的に作ったジンを、黒い森のドイツのみなさんがブランドにしたドライ・ジン。
なるほど、それで「サル」だったわけね…。
なんでアカゲザルがキャラクターなのか、なんで名前がモンキーなのか、という話同様、「47」とはいったい何の数字なのか、ということも調べればすぐにわかった。
このジンを作ったヒトは、忠臣蔵の大ファンだったのである…
…というのはもちろんウソで、養命酒でいうところの生薬のようなエキス(ボタニカル)が、なんとゼータクにも47種類も使用されているから。
その原料もすべてドイツの黒い森(シュヴァルツヴァルト)産だそうで、心身ともに純ドイツなイギリス生まれのお酒なのである。
十六種類の十六茶でいえば四十七茶になってしまうくらいだから、それが相当な数であることはわかる。
ちなみに名護以北でも購入可能な有名なジン「ボンベイサファイア」では、世界各地から選りすぐりを謳っているとはいえボタニカルの数は10種類。
その5倍近い生薬(?)を使用しているとなれば、これは襟を正してちゃんと飲まねば、「香水にもしてほしい」と言われるほどのえもいわれぬ香りを堪能できずじまいになるかもしれない。
猫に小判、豚に真珠、ワタシに猿なんてことにならないよう、今宵神の路を歩んでいる舌にはいったんお預けをし、後日襟も膝も正して四十七士の猿と真摯に向き合うことにしよう。
明日お出掛けして、炭酸ソーダその他ジンに合うものを買ってこようっと。
ガラスボールにそれらを入れてパンチにすれば、これがホントのモンキー・パンチ?
しないけど。
というわけでまだ四十七猿は口にはしておりませんが、贈り主のお二人にはあらためまして衷心より感謝申し上げます。
2024年11月08日
窓から野鳥が見える。
2024年 11月7日(木) 曇りのち時々雨パラパラ
北東の風 波あり
昨夕はまるで台風接近前のような空の色になっていた。
翌日のお天気は午後から崩れると予報が告げているけれど、この様子だと総崩れ的にえらいことになるんだろうか?
ところが心配された雨はほぼほぼパラパラ程度で、お昼に桟橋から眺めた洋上もせいぜいこんな程度だった。
ボートがあれば、余裕で潜りに行ける程度。
これが午後から風が強まる予報でも出ているならともかく、この日は終日この程度と予想されている。
であれば、さすがに連絡船の重い腰もようやく持ち上がり…
…はしないのだった。
例によって夜明け前から、早くも公式サイトには
海上強風のため全便欠航します
の文字が。
風は吹いているとはいっても、けっして強風ではないんですけど…。
これで欠航となると、冬の間は月に3回しか動かないんじゃなかろうか。
ちなみに今月は今日で一週間になるけれど、運航したのは3日と4日だけだったりする。
届くたびに古新聞となる新聞も、そろそろ購読契約を終了しなければ…。
というわけで幸か不幸かこの日も港の工事の音以外は、波の音、弱々しくなったセミの声、各種鳥さんたちの声のシンフォニー、いたってのどかなモノである。
昼食代わりにゆで卵をモグモグしていたところ、出入口にしている掃き出し窓の先に見える電線(光ファイバーのライン)に、例の鳥が止まっているのが見えた。
見慣れると、遠目でもイソヒヨドリではないことがわかるそのフォルム。
先日紹介したアカモズさんだ。
オタマサによると、その後ワタシが留守にしていた間もこの近くで姿を見せていたらしいアカモズ、今日もまたほぼ同じところに止まっているところを見ると、どうやらこのあたりを縄張りにしているらしい。
いつもこのアングルでしか撮れないけど、この日はお顔の右側も。
そしてカメラ目線もいただきました。
だんだん慣れくれるかな?
アカモズの写真を撮るために外に出たところ、我が家の正面にある電線に、今季初登場のこの方も止まっていた。
ご存知ジョビオこと、ジョウビタキのオス。
ただでさえ電線と電話線が張り巡らされているところへ昨年には光ファイバーも加わり、先ほどの夕景を眺めるときなど邪魔でしょうがないんだけど、こと鳥さんたちに関しては、家に居ながらにしてこのように野鳥を観ることができる便利な止まり木になっていたりするのだった。
電線上とはいえアカモズに比べれば遥かに近いところにいるジョビオ。
にもかかわらず、ワタシが外に出ても逃げることなく、彼もカメラ目線をくれた。
毎年島に来ている子なのか、それとも新顔なのかは不明ながら、人里に住まうことができるジョウビタキならではのフレンドリーさである。
もっとも、昼食後に散歩に出ようとオタマサともども庭に出ると、さすがに飛び去った。
ただし、すぐ近くに。
我々の歩く先にいるものだから、歩みを進めるたびに少しずつ先へ飛んでいくジョビオ。
そして路上に降り立った時に、横向きアングルのチャンスが訪れた。
羽の白い模様は、紛うかたなきジョウビタキ印。
ちなみに昨年のこの時期はリゾート開発に向けた測量のため、学校から先の道の両サイドが広範囲に渡って開拓されまくっていたこともあってか、ジョウビタキはなかなか姿を見せてくれなかった。
今年は今のところ港の工事だけだから、彼らも安心して飛来しているのかもしれない。
ワタシどもが聞いているかぎりでは年明けからということになっているリゾート開発の工事が始まれば、これらの鳥さんたちやまだ来ぬ他の鳥さんたちは、はたしてどうするのだろう…。
お金持ちが専用ヘリに乗って来島するような島よりも、家の窓から野鳥が観られる島のほうが、よっぽど魅力的なんだけどなぁ…。
狂乱不動産バブルの世の中ではどこであれ、そのような価値観では暮らしにくくなっていく一方なのだった。
2024年11月07日
Pretty Strong。
2024年 11月6日(水) 曇り時々晴れ
北東の風 時化模様
早々に連絡船が欠航を確定していたこの日は、ちょっとばかり強めに北風が吹き始めた途端、夏のしんがりは尻尾を巻いてとっとと逃げ出し、いきなり冬の空気に包まれてしまった。
今回の張り出しは、冬将軍の先遣隊だったらしい。
おかげで朝晩の肌寒いことといったら。
今日のところは朝のうちだけながら、ついにTシャツだけではつらい季節の到来だ。
ヒューヒューと音がするほど朝から風が吹いていたから、昨日の主役タゲリは早々にGoneになってしまったかな?
カメさんのエサ採りついでに様子を伺いに手製ヘリポートまで行ってみると…
昨日とまったく同じ場所にいた。
風の強弱はあまり関係ないらしい。
ところがそこへ、カラスが1羽やってきた。
ヘリポート用に丁寧に刈り取られた芝ゾーンスクエアにいるものだから、上空からタゲリがよく見えるのだろう、「ん?」と興味をもったらしいカラスは、舞い降りる勢いでタゲリに接近してきた。
するとタゲリは、すぐさま飛び立った!
おお、羽の裏のツートンカラーがバッチリ。
そして飛び去りつつ、
「ミャー…」
という、子猫のような鳴き声を披露してくれたタゲリ。
ウワサには聞く「ネコのような声」を、初めて実際に耳にすることができたのだった。
とはいえ飛び去ってしまったら、もうこのままGoneなのだろうか…
…と思いきや、島上空を短い半径でグルリとUターンしてきたタゲリは、すぐさま手製ヘリポートに戻ってきた。
よっぽどお気に入りの場所らしい…。
ガメ公用のエサ採りを終え、今度は三脚を手にタゲリのエサ獲りの様子を動画で撮ってみることにした。
ヤツガシラと同じような動きで繰り返し地面をつついているのだけど、いったい何を食べているのだろう?
すると、いきなり大物をゲットした冬の貴婦人。
獲物はカナブン系の幼虫のイモムシのようだ。
ご存知のようにこのテのイモムシは、身を守るために体を丸めて筋肉(?)をギュッと固くするから、さすがにひと呑みというわけにはいかないらしい。
そのため時間をかけてイモムシの「ギュッ」を解きほぐしつつ、最終的には丸ごとゴックン。
貴婦人らしからぬ大胆な食事の仕方を披露してくれたタゲリ、栄養満点の御馳走にご満悦のようだった。
お昼にも散歩ついでに手製ヘリポートに寄ってみると、ヘリポート脇の井戸へ通じる路上でエサ探しをしていた。
この様子なら、もうしばらく居てくれるかな?
散歩では、久しぶりにカモメ岩の浜に降りてみた。
風下側なので、海辺は穏やかな陽気に包まれている。
この浜辺の奥にあるのが、グンバイヒルガオの群落だ。
陸側から見るとこういう塩梅になっている。
ひとたびストロング台風が来ると、満潮時の波濤はカメラを構えているワタシのところまで達するから、海岸植物とはいえ波による物理的被害が半端ではなくなる。
でも今夏は結局ストロング台風が来なかったから、大波に洗われることなく済んでいるからだろう、グンバイヒルガオは順調に繁茂していて…
これまでこの場所で観てきた中で、最も多く花を咲かせていた(グンバイヒルガオは「ここ」という花の季節が明確ではないので)。
海辺を彩る慎ましやかな花々で、しばしお花見。
でも南向きのこの海岸だからなのか、花々はみんな海の方を向いているため、花を撮ろうとすると海が背景にならない。
そこをなんとか、画面の一部に海が入るように撮ってみる。
晴れてりゃ海も空も青く写ったろうになぁ…。
海岸植物であるグンバイヒルガオは、天然の砂浜海岸があれば、沖縄ならいともたやすく繁茂する。
水納ビーチだって、本来なら桟橋の付け根あたりからずっと群落が広がっていたこともあるのだけれど…
@2016年9月
…海の家の移動その他いろいろと繁茂地を重機でいじくりまわしてばかりいるのと、桟橋脇に砂が堆積しすぎて波打ち際から遠くなってしまったこともあってか、現在はここまで繁茂していない。
でも以前も紹介したように、グンバイヒルガオのタネはドンブラコッコと海を渡って移動できるから、気候が許す場所に自然の砂浜があれば、たちまち繁茂する逞しい植物でもある。
なので温暖化著しい近年では、本来の分布域を越えて、紀伊半島の東、伊勢湾あたりでもグンバイヒルガオの生息が確認されているらしい。
さすがにかの地では冬を乗り越えられず枯死するようながら、トランプ・リターンズとなった地球では、やがて東北地方の沿岸でもグンバイヒルガオが冬を越すようになってくるのだろう。
でもその頃にはもう、自然の砂浜が残ってないか…。
ところで、海を渡るタネとは、どういう作りになっているのだろう?
グンバイヒルガオはアサガオの仲間だから、花の後につく実の部分も、やはりアサガオに似ている。
花の時期がバラバラだから、咲いている花々が見られる一方で、もう実が熟れているものもあるのだ。
すでにはじけているタネをオタマサが見つけたので、手のひらに載せてみる。
おお、アサガオのタネでは見られない細かい毛が、タネをビッシリ覆っている!
なるほど、これがえんえん海を渡っていける浮力のヒミツか…。
…ということを初めて知ったついでに、アサガオの仲間は実はサツマイモ属である、ということもこれを書いていて初めて知ったワタシ。
言われてみれば、花の様子はそっくりだわ…。
台風の多い沖縄では古来台風のたびに、逆に少雨になるたびに飢饉に近い状態になっていたところ、かの野国総管をはじめとする人たちが琉球王国にサツマイモを普及させたことで、人々は凶作から免れるようになったという歴史がある。
それもこれも、グンバイヒルガオに連なるサツマイモの遺伝子に、バッドコンディションでも逞しく生きられるというチカラがあったればこそ。
海辺に咲く花をこのように愛でることができるのは、ひとえに彼らの逞しさのおかげなのだった。
2024年11月06日
冬の貴婦人初登場。
2024年 11月5日(火) 晴れのち曇りのち晴れたり雨降ったり
北東の風 おだやかのち荒れ模様
忘れないうちに冒頭にてお知らせ。
先だって肉のフェスタを堪能したステーキ屋さんは、ナチュラル院長の治療院ナチュラルのすぐ近く…と書いちゃったけど、治療院ナチュラルは先月移転していたのだった。
あらかじめそれについては院長から伺ってはいたものの、旧治療院の場所にはまだ看板が掲げられたままだったからウッカリしてしまった。
以前の場所を訪れても治療院は無いので、たまのご来沖でゴッドハンドの世話になろうと思っておられる方はご注意くださいませ。
移転先については、↓こちらからどうぞ。
さてさて、本日午前中は天気晴朗しかもおだやかというグッドコンディション。
しかしその後雲が広がるとともに風が強まって、午後の洋上はそれなりに荒れていた。
そういう予報が前日から出ていたこともあり、この日の連絡船は早々に全便欠航を決めていた。
明日はますます時化そうで、明後日もそれなりに荒れそう、金曜日ははたして…
…という塩梅だから、ひょっとしたら4日連続で欠航するかもしれない。
ご存知のとおり水納島には、郵便物だけではなくゆうパックなども土日祝の配達がない。
なので、昨日までの3連休には配達がなく、今日から4日連続欠航してしまえばもちろん配達はなく、そのあとはまた土日になるから配達はなく…。
連絡船は31日から2日まで欠航していたから、もし今日から4日連続欠航すると、都合11日間郵便配達が無いことになる。
この期間に何かが届くよう手配された方は、残念ながら届かない公算大ですので、当方から到着の報告が無くても悪しからずご了承くださいませ。
連絡船が欠航しているこの日は島を訪れる人もなく、港の工事の騒音を脳内デリートしてしまえば静かな一日だったんだけど、心沸き立つ出会いが待っていた。
まだ晴れていた午前中にガメ公のエサを採りのためテケテケ歩いていたところ、手製ヘリポートの草地に見慣れぬ鳥さんの姿があったのだ。
なんともエキゾチックなその色形は、どう見ても初見とわかる存在感。
そろそろ冬鳥が渡ってくる季節だから、念のためにポッケに入れておいたコンデジが役に立った。
パシャ。
キジバトほどの大きさで、足が長い分スマートに見える。
光を浴びると光沢カラーになる美しい羽の色合いや顔の模様もさることながら、なんといっても特徴的なのは、オカメインコのような冠羽。
上の写真だと背景が邪魔で見づらいけれど、きれいに草刈りがなされたところにいる姿を見ると…
…とっても目立つ冠羽。
オカメインコみたいにこれをプワーッと前方に立たせるわけではなく、どうやらこういう髪型のようだ。
前から見ると、お腹の白い色も随分目立つ。
このお腹の白い部分の羽はフワフワしているのか、風に当たるとポワッ…と膨らんだりもしていた。
カメのエサ採りそっちのけで遠目にその姿を追っていたところ、このエキセントリックバードは広く開けた草原をエサ場にしているようで、ワタシの姿を気にしつつトコトコトコトコ歩いて離れてはいっても、飛び去ってしまうことはなかった。
これだったら、エサ採りを終えたあとオタマサにも見てもらえるかも。
家に戻ってさっそく写真を見せたところ、「タゲリだ!」とすぐさま見当がついたオタマサ。
普段新聞のローカル記事欄で、どこそこにタゲリが飛来…なんていうニュースをちょくちょく見ているからにほかならない。
オタマサを連れて再び手製ヘリポートに戻ってみると、案の定そのままエサを探していたタゲリ。
金武町の田んぼあたりに飛来してニュースになるたびに、「観たい観たい!」と駄々をこねていたオタマサながら、現地を訪ねてみてもこれまで一度として目にしたことはなかった。
そんなタゲリが、水納島に初飛来!
夕刻になってもまだ同じ場所に居てくれて…
…のんびり羽を伸ばしていた。
後刻調べてみたところ、羽の裏は白黒ツートンカラーになっているらしく、飛んでいるときはやわらかなお腹の羽毛がフワフワしているように見えるそうな。
その様子も是非観てみたいところながら、飛んで逃げてしまったらそれっきりになりそうだから、ヤシの木の陰から市原悦子のように眺めるだけに留めた。
タゲリは沖縄県内には毎冬少数が渡ってくるそうで、場所によっては小集団を作っているらしい。
本土でも積雪がない地方では冬場に観られ、「冬の貴婦人」と呼ばれるほどにもてはやされているそうな。
どうやらこの方面の変態社会では、タゲリはかなり有名らしい。
でも少なくとも我々はこの30年間で目にした覚えはなく、個人的水納島初記録種がまた新たに加わった。
今回初めて水納島を訪れた貴婦人(貴公子かもしれない)は、
「お?この島なかなかいいじゃん…」
と思ってくれたかもしれない。
でも次回訪れる際には、島の様相がすっかり変わっているかもなぁ…。
2024年11月05日
美味しいバースデー。
2024年 11月4日(月) 晴れ
北東の風 やや波あり
2日に予定されていたパーティー出席のために3日も前から島を出ていたわけだけど、その後はその後で、翌日は連絡船が動くのか?というモンダイもあった。
3~4日後の予報など日ごとにコロコロ変わるから、実際にどうなるのかということは、せいぜい前日になってようやくハッキリする程度でしかない。
幸い3日は運航してくれたので、無事に島に帰る…
…ことはできなかった。
というのも、欠航続きでずっと島に閉じ込められていたオタマサとしては、ヒミツの畑での作業が滞っているから、数少ない運航チャンスを逃すわけにはいかず、3日に島を出て翌日戻る予定になっていたのだ(ホントは2日に出て3日に戻る予定にしたかったのだけど、あいにく2日の連絡船は欠航)。
3日の朝の便で島に出てくるのに合わせて那覇から戻ってくるのは大変なので2日のうちに空豆ピースケ号を渡久地港に置いておくことにした。
置いておくことはできても、そのあとどうやって秘密基地に帰ろう?
1日中ヒマなら歩いて帰るとい手もあるものの、その日夕刻のメインイベントの前に朝から疲れ果てるわけにはいかない。
かといってバスが来るまで延々待ち続けるのはバカらしいから、タクシーを呼ぶとするか…。
欠航のため待合所はシャッターが降りているので、中にあるタクシー専用電話が使えるのかどうか、先月新たに船員さんになったばかりの新米君に尋ねてみたところ、それなら…とスマホを取り出してタクシーを呼んでくれようとした。
その時、明日の連絡船の運航を確認しにきていたリョウセイさんが、
「だったら乗せてくよ、ヒマだし」
と、これ以上ない渡りに船となってくださった。
リョウセイさんの場合、タダより高いモノはないということを思い知らされる危険が少なからずあるから、実際に「タダより高くならないですよね?」と念を押したところ、
「ダイジョーブよ、いつも両替してもらってるから」
と笑い飛ばしてくれたのだった。
いろんなモノでごった返している助手席には座れないから、後部座席に乗ると、助手席の背もたれのポケットに、酢や醤油が…。
「たまに刺身を買って(車内で)食べてるから」
人々が口にする「車が本島でのおうち代わりになっている説」は、案外ホントなのかもしれない…。
家まで送るよと快く言ってくれはしたものの、だからといって秘密基地は秘密基地、気がつけばリョウセイさんが泊っている…なんて事態は避けたいので、最寄りのコンビニまで送ってもらった。
秘密基地では、オタマサが朝からイソイソと畑仕事に精を出していた。
島の家の庭では、タマネギやトマトの苗がスクスク育っている今…
…プランターが窮屈になる前に移植できるよう、畑を整えておかねばならないのだ。
連日というわけにはいかないまでも、前回、そして今回と精力的に勤しんでいた甲斐あって、ほんの少し前まで雑草と石ころだらけだったところが、すでにこのとおり。
すっかり畑っぽくなっている。
ただし排除しても排除しても湧き出てくる石ころのこと、一雨降れば、たちまち表面は石ころだらけになることだろう。
それでもオタマサは、石ころを排除し続ける。
一方ワタシは、引き続き棚棚棚棚ティナ・ターナー。
予定どおり、板壁の部分に棚受けタイプの棚を3段こしらえた。
さすがにこの長さの余材は無かったので、那覇から戻ってくる際に名護のメイクマンにて合板を購入し、カッティングサービスでカットしてもらったものを使用している。
カッティングサービスでカットしてもらうくらいだから、必要な寸法はちゃんと頭に入ってはいた。
ただ、本来であればこういう場合、どんなに些細かつ容易なモノでもちゃんと図面にして各寸法を書き込み、必要な部材と作りがひと目でわかるようにすべきところ。
しかしその最も肝心といっていい最初の部分をすっとばすワタシは、ついつい頭の中の設計図だけで始めてしまう。
そのため、ちゃんと測ったつもりでも、板の奥行きよりもL字金具の受け部分のほうが長くなってしまったりするのだった。
板の奥行きはちゃんと金具の受け部分よりも長いのだけど、棚板を壁にピッタリつけるために板壁の柱になっている部分を切り欠く必要があり、切り欠いた部分にL字金具を当てるものだから、切り欠いたぶん板の奥行きが短くなる…
…という当たり前のことに思い至らなかったため。
こんなの、簡単な略図でもなんでも絵にしながら寸法を書いていたら一目瞭然だろうに、脳内設計図では想像もつかなかったのだった。
ま、L字金具の受け部分が突き出ないようにするには、棚板を板壁にピッタリつけなきゃいいだけの話なのだけど、測ったようにピッタリ!とはいかないところがもどかしい…。
ともかくここのところの作業で棚が増え、収容能力的には激増といっていいだろう。
ただしオタマサの場合、高いところの棚に届かないというモンダイがある。
そこで!
オタマサ専用踏み台。
実はこれ、メイクマンで安価で売られている踏み台とそっくり同じに作っただけのものなんだけど、おそらく買うよりは安く済んでいる(はず)。
これまた例によってメイクマンで見て頭の中に入れただけの「設計図」で作ってはいても、ちゃんと天板のネジ頭はダボで隠すなどして、細かい手間もかけてあるのだ。
ところが、脚の部分は内側からネジを打てば外観上ネジ頭は見えない…ようにするはずだったのに、気がつけば外側になるほうからネジを打ってしまっているではないか。
これまたちゃんと図示してあれば、このようなうっかりミスなど発生しなかったことだろう。
まぁいいか、物置の踏み台だし…。
とまぁこういう具合いに、次々に妥協しながらも前に進んでいるワタシである。
さてさて、ホントはこの日朝早めに渡久地港北岸に行き、上架してあるボートを海に戻してからボートで島に帰り、翌日以降は久しぶりに海三昧の日々…
…となるはずだったのだけど、あいにく翌5日から季節風でしばらく荒れそうで、そのまま天気は崩れていく見込みになっていた。
これじゃあボートを島に戻しても、風を避けるために連絡船のバースに停めるだけの日々になってしまいそう。
というわけでボートを下ろすのはやめて、昼過ぎの連絡船で帰ってきた。
そして夕方は…
ハッピィバースデートゥミィー♪
天国にいる父よ母よ、おかげさまで57チャイになりました。
ということで、ハレの日用オタマサスペシャルメニュー。
アカジンのカルパッチョ♪
もちろん冷凍してあった在庫品ながら、冷凍する際に塩を軽くふってあるので、甘味倍増。
そしてとある奇特な方からいただいた「食べられる胡椒」がまた美味しいんだわ(正露丸のような黒い粒)。
ケッパーのようでいながらしっかり胡椒という絶妙な存在感の味覚が、甘味倍増のアカジンとえもいわれぬマッチング。
そしてお次は…
…パエリア♪
一見ゼータクに見えつつ、車えびとハマグリはどちらもいただいたもの、隠れて見えないタコはもちろん水納島産、プチトマトはセミドライにして冷凍保存していたオタマサ産、香りづけの生シシトウはもちろん庭で収穫したオタマサ産だから、米と多少のタマネギ、そして調味料だけで済んでいたりする。
これがまた……美味いんじゃ。
メインディッシュは…
ラムチョップならぬイノシシチョップ。
もちろん木原すきすきみかん産のイノシシだから、もらいものであることは言うまでもない。
でまたこのイノシシがどう食べても美味しくて、すきすき木原にはむしろみかんよりもイノシシを売ってくれと言いたいほど。
このほかオタマサが以前作ってくれたイノシシのローストもあるとなれば、もちろんお飲み物はフルぼでー。
今回は那覇からの帰り道に名護のとうまワイン店さんに寄り、いつもの相場よりも随分上乗せして「肉に合うものを…」とリクエストしたところ、ワインセラーからチョイスということに。
同じ価格帯で、前日に開け、いったん空気に触れさせてから置いておいたほうがいいというタイプも教えていただいたものの、飲むのは4日、前日は秘密基地となると、いったん開けたワインを持ち運ぶことになって、なんだか危険が危なっかしくデンジャラスなにおいがする。
なので、ここはひとつ開けたその日に飲んでも応分の実力を発揮するほうを選ぶことにして…
…シャトーグロリア2020。
世の評価は知らねども、ワタシがフルぼでーに求める丸みとコクを思う存分味わえて、めっぽう美味しゅうございました。
さすがソムリエ、とうまさん(ケンミンとーまさんとは関係ありません)。
というわけで、オタマサのスペシャルメニューととうまさんセレクトのワインのおかげで、なんともハッピーなバースデーなのでした。
めでたしめでたし。
2024年11月04日
町の条例を無視する町役場。
2024年 11月3日(日) 晴れ
北東の風 波あり
宿泊していたホテルはチェックアウトが11時までだから、急いで出発する必要はなかった。
でもゆっくりしすぎると本部着が遅くなって何もできなくなるので、8時半頃にホテルを出た。
それはそれで不便なことが。
せっかく那覇に来たのだから、ジュンク堂やMIC21など名護以北にはないお店に寄りたいところなのに、時刻が早すぎるとどの店も開いていない。
県内唯一のチーズ専門店「チアーズ!」にも寄りたかったのに、日曜日は12時からのオープンだ。
というわけで、那覇にいるにもかかわらず、どこにも寄れないまま北上し、シーサイドドライブインでスープを飲みながらベーコントマトサンドをモグモグ。
そのまま下の道を北上し続け、許田から名護東道路に入ると、メイクマンまでほとんど直行で行けたりする。
ちなみにこの名護東道路、今は国道58号につながるところがT字路になっているけれど、今後はさらに直進して、本部町まで信号無しで一直線!
…という道になるそうな。
そのために、またどれほど木々をなぎ倒し山を削っていくことになるのやら…。
50年後の沖縄本島は無駄に立派な道路と巨大なホテルしかないところになっているだろう…というのは、まんざら大げさな話でもないのである。
ま、その頃になれば、たとえ海も山も失っても、美ら海水族館や新たにできるジャングリアがあればいいじゃないか、という世の中になっているのだろう、きっと。
ジャングリアといえば、そのための立派な道路もさることながら、それをあてこんだ宿泊施設も次々に計画されていることだろう。
ところで。
海洋博公園メインゲートまであと少しというところに、かつて「琉宮城喋々園」という名の大きな御殿のような建物があったことをご記憶だろうか。
敷地内の喋々園なる蝶まみれになれる広大な施設がウリで、その他土産物屋と展望レストランで成り立っていたこの琉宮城、あいにくコロナ禍のダメージは相当大きかったらしく、コロナ禍中についに力尽き、ゴーストタウン化してしまった。
廃墟となった御殿はしばらく放置プレイだったのだけど、昨オフだったか、ついに取り壊される運びとなり、30年ぶりに昔の景色が戻っている。
工事現場のための幕がなければ、お向かいのファミマからでも瀬底島と水納島が一望のもとに。
お向かいのファミマの上はコンドミニアムタイプのホテルだから、少し上の階からでも抜群の眺望に違いない。
しばらく放置プレイだったものがいきなり解体工事となったので、さしずめセブンイレブンあたりが対面に新たな店舗でも作るのかな?と推測していたところ、実はそんなレベルの話ではなかったのだった。
現在工事を進めている屋部土建が掲げている、「赤土流出防止条例に係わる表示」を見てみると…
跡地にはホテルが建つらしい。
ホテルといっても、相当広いこの敷地に、いったいいかなる建物が?
調べてみると、地上14階建てのなんとも立派なホテルが計画されているらしい。
これまたジャングリアをあてこんだ宿泊施設っぽいけれど、海洋博公園の後背地に地上14階地下3階(海洋博公園側から見れば17階建てに見えるはず)のホテルってアナタ…。
事情通の方にうかがったところによれば、本部町はこの計画に二つ返事で許可を出したそうな。
あのぉ…本部町の景観条例はどうなっているんでしょう?
本部町景観条例に則した「本部町景観計画ガイドライン(PDFファイル)」によると、海洋博記念公園周辺一帯は備瀬と並ぶ「景観形成重点地区」とされていて、記念公園周辺一帯について特に設けられている基準をここに列記すると、
● 地形的特徴と周辺の景観に調和した高さとすること。
● 自然景観の美しさや調和を損なわない高さとすること。
● 背景となるムイ(小高い丘)の稜線を超えないこと。
● 周辺の主要な眺望点からの眺め(景色)に著しく影響を及ぼさない高さであること。
● 周辺が低層の住宅地である場合は、まちなみ(スカイラインの連続性)を考慮した高さとすること。
…とある。
海洋博公園そばの海辺に14階建ての立派なホテルとなると、このすべてに抵触することになると思うんですけど??
まぁ全国一お粗末な地方行政組織である本部町のこと(※個人の感想です)、自分たちが作った景観条例などには目もくれず、目の前に金を積まれればなんでもウンというのであろうことは想像に難くないけれど、いくらなんでもこれはやりたい放題すぎなんじゃね?
でも話はとっとと進んでいるようで、さきほどの看板にも工期は令和8年11月いっぱいとなっているところを見ると、令和9年にかけての年末年始には早くもオープンするってことなんだろうか。
琉宮城喋々園時代には「自然を利用した施設」だった喋々園、その「自然」にも早くも手がつけられ、木々が次々に薙ぎ倒されている。
不動産狂乱バブルに明け暮れる、今のオキナワを象徴する風景ではある。
県内のそこらじゅうがこのような塩梅だもの、「やがて大きなホテルと立派な道路だけになる」という話も、けっして大げさには思えないでしょう?
一応このホテルのプロジェクトには県内企業も参入しているようながら、基本的に現在の不動産狂乱バブルは県外資本のやりたい放題という感が強い。
「県外」にはもちろん海外も含まれていて、今や沖縄県は金の生る木に群がる方々の格好のターゲットになっているようにも見える(近頃は軍用地まで海外の方々が購入しているそうな)。
オキナワの人々が「命どぅ宝」と言っていたのも今は昔、このような狂乱バブルにあてられ続けているからだろう、すっかり「銭どぅ宝」となった今のオキナワは、昔から切望し続けてきた「本土並み」の念願がようやく成就した、ということなのかもしれない。
そのために失った多くのものの価値にようやく気がつくころには、もはや取り返しのつかないところまでたどりついていることだろう。
2024年11月03日
パーティーの前にフェスティバル。
2024年 11月2日(土) 晴れ
北東の風 波と大きなうねりあり
さて、今月2日に那覇で用事がある…と再三に渡って繰り返し述べていたその用事とは、ほかでもない、
海洋学科設立50周年パーティー
という催し。
ちなみに琉球大学理学部海洋学科は1975年に設立されたのだけど、1996年の学科再編によって「学科」としては消滅してしまった。
つまり21年の歴史で幕を閉じたはずなのに、それから30年近くたった今さら設立50周年を記念するパーティーっていったって、人が集まるんだろうか。
そんなパーティーの会場は、知る人ぞ知る、八汐荘というところ。
沖縄県教職員共済会館だそうなのだけど、ワタシが入学した当時からすでに存在していて、在学中も何度かここを利用したイベントがあったように記憶している。
その会場まで、歩いてたった2分のところにある国際通り沿いのホテルが奇跡的にとれた!
…という話は昨日書いたとおり。
ただし駐車場は無いから、近隣のコインパーキングに車を停めなきゃならない。
直前に到着して車を停めるところがない!なんてことになったら目も当てられないから、どうせ12時間以上は24時間料金になるのであれば、早めに車を停めて身軽になることにした。
ところが。
国際通り沿いだから、わかりやすく安里から入ってそのまま国際通りをホテルがある松尾まで進もうと思ったら、いきなり牧志駅から先に通行止め表示があり、直進予定だった車は軒並み左折させられているではないか。
どーゆーこと?
仕方なく左折し、モノレール沿いに進んで安里のひめゆり通りに出たあと、右に行くのか左に行くのか今のうちに決めておかねばならない。
牧志からいったいどこまで通行止めになっているのか、看板の文字が小さすぎてハッキリわからないままだったけれど、まぁ松尾あたりまで行けばなんとかなるだろう。
そこで崇元寺通りから久茂地川沿いに進み、一銀通りから松尾に向かうことにした。
ところが。
この交差点の次は、国際通りの松尾交差点ところで、またしてもその先の通行止めを告げるためのスタッフにぃにぃが。
いったいどこからどこまで通行止めなの??
「国際通り全域です」
は?
日曜日にはホコ天になることもあるとは聞いていたけれど、今日は土曜日なのに、なんで??
「パレードがありまして…」
へ?
パレードって、まさか琉大祭のパレード??
「首里城復興祭のパレードなんです」
ほ?
なんとなんと、すでに秋の風物詩ともなっているらしい首里城復興祭では、国際通りのパレードが初日のイベントだったのだ。
普段こんな時期の週末や連休にのこのこ那覇に来たりなどしないから、まったく知らんかった…。
それはともかく。
ワタシは国際通りの対面に行きたいんだけど、どこまで迂回したらいいの?
「そうですねぇ、県庁まで出ていただくしか…」
目と鼻の先に目的地のホテルがあるというのに、大迂回しなければならないなんて…。
なんとか大迂回して目的地に着き、車もホテルの目の前のコインパーキングに停めることができ、チェックイン時間よりも1時間以上も早くチェックインさせてもらえたので、とりあえず部屋に入る。
おお、エアコンが故障中とはいえ、効きが悪いだけでけっして動いていないわけではないらしく、ジッとしてればちゃんと涼しかった。
こういうホテルに扇風機が置かれているのを見たのは初めてだけど…。
その部屋からわずかに見える国際通りを見下ろすと…
荘厳なる雰囲気を醸し出しつつ、琉球王朝風俗に身を包んだみなさんが安里方面に向かって行進していた。
その隊列には、このような御輿も。
実はこの日、2日前から来沖していてすでに暇を持て余しているクロワッサン東日本営業部長から昼過ぎに連絡があり、どこぞで昼食でも…ということになっていたのだ。
連絡がついたのはワタシが大迂回をして松尾を目指そうとしていたときだったので、では30分後にワタシが目指すホテルのフロントで…ということに。
58号線沿いのビジネスホテルにいる東日本営業部長が、ワタシがいるホテルまで来るとなると、国際通りを横断しなければならない。
ところが国際通りはパレードの真っ最中、こんなところを不埒な恰好で横切ろうものなら、一刀両断のもとに斬首されるかもしれない。
目と鼻の先にいながら、なかなか会えない「君の名は」状態に陥りかけた彼だったのだけど、どうにか隊列が途切れるところを見つけ、かなり遠回りしてようやく久しぶりの再会を果たすことができたのだった。
久しぶりの来沖とはいえ、中学高校大学とずっと沖縄だった彼が今さら沖縄料理にこだわるはずもなく、だからといって特にアテがあるわけでもなかったのだけど、フラフラ歩いているうちにたどりついたのがこちら。
ここからちょいと進めばナチュラル院長の治療院ナチュラルがある通りの角地にある、「ジャンボステーキハンズ」。
午後1時過ぎだったからかまったく空いているのはいいとして、その名にしおうジャンボなステーキのお値段が半端ない…。
でもそれはノーマルサイズのことで、そのハーフサイズならまぁどの部位の肉でもお手頃価格かな…といったところではある。
ただしハーフサイズといっても225グラム。
じゃあノーマルサイズは……450グラム??
10年前ならいざ知らず、そんな量の肉など食った途端に食いすぎ直通下痢男になってしまう。
ランプ肉という、聞きなれない部位をミディアムレアでチョイスして、肉が焼けるのを待つ間…
ほぼ1年ぶりの生ビールで乾杯!
いやはや、生ビールですよ、生ビール!
あまりの美味さに、肉が来る前に1杯飲み切っちまったぜ。
それにしても、今宵はパーティーというのに、昼間は島ぞーりにTシャツ短パンのいでたち、そこで当店の名作(?)Tシャツをチョイスというあたりが、営業部長の営業部長たる所以である。
そして待つことしばし、ケンミンとーまさんにも似たマスターが持ってきてくれました、ランプ225グラムの肉塊!
さっそく一太刀浴びせてひと口食べてみたところ…
……こりゃ美味いわ。
普段名護に出向くたびに、フリッパーフリッパーと呪文のように唱えていてもなかなか実現しない肉のフェスタが、ひょんなことからいきなり目の前に。
こちらのお店はステーキ店にありがちなセットメニューがなく、ライスが欲しい方は別してライスをオーダーするという形になっているくらいだから、よほど「肉」にこだわりがあるのだろう。
たしかに美味しい(マスター自慢のオリジナルソースもたいそう美味しかった)。
後刻調べてみたところ、「ランプ」という部位の説明で書かれている内容は、近年のワタシが牛肉に望むものすべてを網羅していた。
ランプ、すごぉ~い、美味しいぃ~♪ < 夢グループ社長秘書演歌歌手のノリで。
その素晴らしさは、営業部長の姿をご覧になれば一目瞭然。
男同士で来て、肉を食っている相手をパシャパシャ撮っているってのも、よくよく考えると相当な異世界のような気もするけど、せっかくだから御馳走するよ…と営業部長が申し出てくれた手前、ネタとして活躍していただくことで御礼がわりに…。
というか、ビールのアテ用にポテトフライも頼んでいたこともあって、ついつい調子に乗りすぎてお互い生ビール3杯も飲んでしまった。
その裏には愉快に酒が進むこと必至の爆笑バクダッド・イブキという彼の秘密兵器ネタがあったればこそとはいえ、飲み終えた頃にはパーティーまであと2時間、いったんホテルに戻ってひと休みしたら、二度と起き上がれなくなっているんじゃなかろうか…。
パーティー本番の前に、食事的にはすでにしてメインイベントが終わってしまった気がする今、ひと眠りしたあとの体の重さは眠る前からいやというほど想像できる。
はたしてワタシはパーティーに参加することができるのか?
あるかどうかわからない「次回」につづく。
2024年11月02日
Get a Lucky Break(down)。
2024年 11月1日(金) 晴れ
東の風 波と大きなうねりあり
本日は天気晴朗なれど波高く風強く、連絡船は全便欠航。
これを書いている今(2日早朝)、早くも2日の全便欠航通知が出ているから、結果的に3日前から本島に出ておいてよかった。
何度も触れているように、それは2日に那覇で用事があるからなんだけど、日帰りではなく実に久しぶりの那覇泊となる。
それは最初からわかっていたことで、宿も取っておかなきゃなぁとは思いつつも、11月だもの、どこかしらは空いているだろうから、まぁ期日が近づいてからでいいか、とのんきに構えていた。
ところが。
2日って、3連休の初日だったのですね…。
サンデー毎日なワタシにとって、週末や連休といえば、「街中に出てはいけない日」ということ以外まったく暮らしに関係がないから、世間が連休であることなど完全に忘れ去っていたのだった。
インバウンド需要に加え、世間様も3連休となれば、その初日などもちろんながら船員会館をはじめとする安宿はどこもかしこも空室ゼロ。
でも台風直撃となれば、来沖かなわなくなった方々のキャンセルがドドド…と出るんじゃねーの?
…という期待も虚しく、台風は明後日の方向へ去ってしまった。
でも案外直前になったらキャンセルが出てるんじゃないの?
…と期待を寄せていたんだけど、直前になっても各ホテルの空室状況カレンダーの11月2日土曜日だけは、どこもかしこも「×」マークのオンパレードだ。
かくなるうえは、12万キロ走っている新車の荷台から荷物を下ろし、後部座席を倒し、寝具を載せておいて車中泊とするか。
コインパーキングなら24時間で1200円くらいだろうから、かえって安上りじゃん…
…と開き直ったものの、せっかく久しぶりの那覇泊だというのに、いい年こいて車中泊ってのもなぁ。
夕刻からの用事の前に、せめてシャワーくらい浴びておきたい…
…という願望が直前になってにわかに膨れ上がり、再び空室状況チェックをしていたこの日のお昼過ぎなのだった。
しかし台風は去って予定どおり来沖する人は続々とご来沖、なおかつフェリー座間味など離島便は欠航しているから本島滞在キープを余儀なくされている人たちもいるため、那覇のホテルは相変わらず空室ゼロのままだ。
やっぱ車中泊かなぁ…
…と諦めかけたその時。
街中にある老舗ホテルに、条件付きながら空室ありとの情報が!
その条件とは…
「エアコンが故障中」
ビジネスホテルなどの場合、無駄にキンキンに冷やした室内で布団にくるまって寝るのが大好きなワタシにとって、エアコンが効かないってのは普段なら即却下となるところではある。
でも背に腹は代えられない今、真夏でもないこの季節にエアコンにこだわっている場合ではない。
これが場末のゲストハウスとかだったら、部屋は狭いわ暗いわエアコンが効かないわ…となってあいりん地区の労働者の気分を味わえるところだろうけれど、エアコンが故障している以外は国際通り沿いにある名の知れた老舗ホテルだから、おそらくアメニティ類も充実していることだろう。
ただ、今の世の中はホテルの予約など、各旅行業者のサイト上でチョチョイノチョイが当たり前のところ、この条件付き空室に関しては、空室アリと表示しているくせに予約サイトが反応してくれない。
仕方がないので旧来どおり直接電話したところ、ちゃんと空室があった。
1人だから割高になるのかなと思いきや、なんとなんと1人1泊3300円!
船員会館より安いじゃん。
もっとも、船員会館と違って駐車場は無いから、近隣のコインパーキングに停めたらプラス1200円ほどってことになるけれど、それでも覚悟していた価格帯に比べれば遥かに安い。
エアコンは効かないけど…。
というわけで、那覇のど真ん中で哀れ車中泊となるかもしれなかったところ、エアコン故障という幸運(?)のおかげで、とりあえず憲法で保障されている「健康で文化的な最低限度の生活」ができることになったのだった。
めでたしめでたし。
そんなめでたいことが待っているとは知らずにいた午前中は、昨日の続きの工作。
出入口脇に、棚をもうひとつ追加した。
これも端材としてキープしてあった、フローリング材の長さに合わせたもの。
もう少し長ければ壁にピッタリだったのに…ってところながら、左側の壁には棚受けに載せるタイプの棚を拵える予定なので、それを加味すれば測ったようなサイズなのだ(ちゃんと測ったけど…)。
このあとは左側の壁に3段くらいの棚、そして正面の2つの棚は高さが同じだから、左右の天辺に板(これも余材)を渡せば、出入口の上にも棚ができることになる。
収納スペース的には、がらんどう時に比べ「激増」といっていいだろう。
欠航のせいで3日も前から島を出る羽目になったとはいえ、こればっかりは島にいてもできなかったことだから、まんざら無駄でもない日々となったのだった。
2024年11月01日
ジョッキ一杯のシアワセ。
2024年 10月31日(木) 晴れ
南東の風 大きなうねりあり
本日で10月も終了。
10月いっぱいまでが当店のシーズンだった昔なら、最後の10日間は尻切れとんぼもいいところのフェードアウトになっていたことだろう。
時おり強く吹く程度で風はそれほどでもなかったんだけど、ビッグサースデーなうねりは巨大で、名護湾の海沿いの国道を通っていると、多くのサーファーが波と戯れていた。
彼らにとっては、またとないチャンスなのだ。
この日は名護に行く予定はなかったのだけど、ちょっとした工作をするに際し、アレとコレとソレが足りないことに気がつき、午後遅めに買い求めにメイクマンまで行った次第。
普段は午前中のうちに買い物を済ませ、昼過ぎには帰路につくパターンが多いから、この時間帯に名護にいるのは久しぶりだ。
せっかくだから…
…ジャンバルターコーのチキンタコス&鶏ももロースト。
この店は昔から午後2時からの開店なので、普段名護に滞在している時には開いていないことのほうが多いのだ。
以前はイートインもできたのだけど、コロナ禍からテイクアウトオンリーになって、現在もそのままになっている(イートインルームが復活する気配はなさそう…)。
諸式高騰の世の中のこと、数年前と比べれば多少は値上がりしているのかもしれないけれど、タコス1ピース230円、4つにカットされてある鶏ももローストは250円だから、タコス3つに鶏ももを加えても合計1000円に満たない。
人生的ヨロコビである。
このメニューとなれば、もちろんコイツも欠かせない。
朝から冷凍庫に入れておいたジョッキに、4日前から冷やしてあるオリオンビール・ザ・プレミアムを注ぐ。
いやはや、まさにプレミアム。
オタマサがいれば皿にちゃんと盛り付け、ビジュアルもプレミアムだったろうけれど…。
このテのビールはやはりキンキンに冷えていてこそ実力発揮ってところなんだけど、ビールによってはそうはいかないものもある。
先日とある奇特な方が贈ってくれたこのビールもそのひとつ。
知る人ぞ知る、ライオン・スタウト。
ビールでライオンと言ったら銀座ライオンを思い浮かべてしまうところながら、ライオンブリュワリーはスリランカの老舗ビールメーカーで、1881年創業というからキリンビールよりも4年長い歴史を持っていることになる。
モルディブの各リゾートではこのライオンのラガーが定番ビールというから、過去に2度訪れたことがある我々もかの地できっと飲んでいたはず。
でもスタウトは間違いなく人生初。
スタウトというからには黒ビール、きっとギネスビール系のカテゴリーに連なる味わいに違いない。
…と、予想していたにもかかわらず、最初の1本目は飲むタイミングを完全に誤ってしまった。
風呂上がりに一杯、というビールではないから、ちゃんと食事時に…と思ってはいたんだけど、よりによってその食事が、おすそ分けでいただいたヒージャー汁と来たもんだ。
そのうえ冷やしておいたものをすぐさま飲んじゃったものだから実力半減。
というか、あまりにも料理に合わないってこともあるだろうけど、甘さだけ異常に際立っていたので、いったいこれはなんじゃ?と缶を確認したところ…
糖類/着色料としてカラメル??
スタウト系ビールといえば、カラメル風味の甘さが…と言われるし、強めに焙燥された麦芽のことを「カラメル麦芽」と呼ぶらしいのだけど、それはあくまでも麦芽であって、カラメルそのものじゃないですよね?
つまりこれも、バナナヴァイツェンのようなものなのだろうか?
とにかくカラメルが原料になっているくらいだから甘いのは当たり前で、なおかつアルコール度数は9パーセントに近い高さ。
これってつまり、食中酒にするよりも、デザートワインのようなポジションで思いっきり活躍するビールなのでは?
というわけで、セカンドチャンスとなったこの日は、冷やしてあったライオンスタウトを冷蔵庫から出して30分くらい経ったものを、食後のデザートとしていただいてみた。
これがアナタ……
……美味いんじゃ。
ぬるくなると…あ、こういう場合は「ぬるく」という用語を使ってはいけないのですね、北のマスター…適度に温まると、キンキンに冷えていた時にはまったく表に現れないスタウトならではのコクと旨味が満ち満ちてくる。
なんだか高級スイーツをいただいているかのような口内充足感…。
こりゃ世界で絶賛されているのもよくわかる。
絶賛といえば、かの「マイケル・ジャクソン」もこのビールをベタ褒めしたという。
浅薄なるワタシの豆腐脳は、すぐさまあのポップスター「マイケル・ジャクソン」が、ムーンウォークをしながらビールを飲み、「ホーッ!!」と奇声を発して喜んでいるシーンを思い浮かべてしまった。
けれどここで名が出てくる「マイケル・ジャクソン」とは、世界的に有名なビアハンターでありビール評論家のイギリス人のことなのだそうな(日本語訳されている著書も複数あるらしい)。
その世界的に有名なビール評論家が、ストロングタイプのスタウトの中では最も素晴らしいと絶賛しているのが、このライオンスタウトなのだとか。
最初の間違った飲み方だけで終わっていたら、ワタシにとっては噓つきオヤジ以外の何者でもないおっさんとして終わっていたであろうところ、2本目、3本目を飲むチャンスがあったおかげで、ライオンスタウトの評価はもとより、マイケル・ジャクソン氏の株まで上昇したのだった。
とある奇特な方、こんな高級ビールをたくさん贈ってくれてありがとうございます。
贈り主自身は未体験というから感想をまとめておくと、ライオンスタウトは、冬の沖縄なら室温でいつでもいただける、深い味わいのデザートビール…
…ということに落ち着きましてございます。